ずぶずぶに漬け込んで fin.
この駅は、紅葉の名所と美術館の目当ての人くらいしか来ない。利用客が少ないのか、ホームには二人きりだった。 秋めいた風が、二人の間を通り過ぎていく。ひゅう、という音と一緒に、大耳がため息を吐いた。
「かっこわる、」
「なにが?」
「…さっきの、わかるやろ。」
拗ねた大耳に、つい笑ってまう。 さっきの、というのは、浮かれていたアレコレを暴露したアレのことだろう。
「あたしに気遣ってくれたん、わかっとるよ。ありがとう。」
きっと、大耳はわかっていた。あたしの強がりを。 強がらんでええよ、と自分のカッコ悪いとこ曝け出して、あたしの心を解して柔らかくしてくれたのだ。
「そういうんは、気付かれたらあかんねん。もっとスマートにやなぁ…」
「気付くよ。大耳の優しいとこに、あたしが一番触れとる気がするし。」
「…そりゃ、好きな子には割り増しで優しくしたいと思っとるからな。」
あかん、この男。ダメ女製造機みたいなこと言いおる。
「そんなん言うたら、もっと甘えてまうやん!…あたし、ただでさえ大耳に甘えっぱなしやのに、」
あたしがそう言えば、大耳がふはっと笑い声をあげた。
「言ったやん、何かあったら頼ってって。好きな子に甘えられて、頼られて嬉しくない男とかおる?…いやー、そっか、甘えられてんのか…嬉しいもんやなぁ。」
ちょっと前から思ってたけど、好きな子って…! 大耳は、照れ屋なようで、恥ずかしいことをサラッと言う。そのギャップは、あたしをタジタジとさせてまうから、タチがわるい。
「大耳って、思ったよりぐいぐい来るよな…そういう恥ずかしいこと、よう言えるわ…」
「ん、攻め時は逃さへんタイプやねん。」
大耳の肩が、トン、とあたしの肩先にぶつかる。 そのまま鼓動が伝って聞こえてしまいそうな気がして、そんなんあたしらしくないって離れたいのに、離れたくない。
なんや、この矛盾した気持ち。もう、大耳のことが好きみたいやんか。信介にも感じたことのない気持ちやった。そもそも、信介とはこんな距離感になったことないし、信介と大耳を比べても、しゃーないんやけども。
「大耳、」
信介には、「中学を卒業したら」「高校生になったら」「部長になったら」とか、そんなふうにたらればをつけて、告白しよう、伝えようと機を逃していた。 考えてもらうことすらも出来んかった。 もう、あんなふうに後悔するのは嫌や。
「あたし、な。大耳のこと、好きかもしれん…いや、好きやな。もう、あかんわ。」
大耳は、わずかに瞳を見開いた。 そのまま固まって、ゆっくりと状況を飲み込むように瞬きをする。 そして、自身の頬を、つねった。
「…夢とちゃうよな?」
「あたしがつねったろか?」
「いや、それは絶対痛いから遠慮しとくわ」
「遠慮せんでええで?」
「痛っ…えー、うそ、ほんまに…?」
うそやろ、信じられへん…ほんまに?…そんな風にブツブツと繰り返す大耳に、ほんの少しだけイラっとする。さっきの子に対してとは違って、イラっとしながらも、なんやかわええなとかそんな事を思ってまう。
大耳の肩に、手を添えた。 そのまま顔を傾けて、覗き込むように顔を近づける。 こつ、と額をぶつけてみせれば、大耳はひぇっと、情けない声をあげた。
「夢とちゃうやろ?」
「っばっ…!うっ奪われるかと思うたわっ」
慌てる大耳は、年相応の男の子やった。
「奪ったってもええねんで?」
「え、ええ加減にせぇ…そんなん軽々しく言うもんとちゃう…」
「なぁ…これからもずっと。あたしが自信持って大耳のこと好きやって、大耳しか考えられへんって、そう思えるように好きって言って?」
優しくて躊躇うような触れ方で、あたしのことを見つめる瞳で、何気ない仕草で、低くて落ち着く声で。
「望むところや。」
大耳が、風に煽られたあたしの髪を一束掬って、耳にかけた。 …いまの、ちょっとドキッとしたわ。 スマートに見えた仕草、その中に震える指先が見えて、余計にドキッとしてしまった。
「…苗字って、なんでこんな可愛いん?」
黙りこくったあたしに、大耳がアホみたいな、歯が浮くようなセリフを吐いた。
失恋に漬け込むのが嫌やって言うてたけど、そんなんもうどうでもええ。 信介への失恋がなければ、大耳のこんな顔を見れるくらいに近づけてなかった。ずぶずぶに漬け込んでもええよ、大耳なら。
prev next
TOP
|