ほな、また後で.




「お、おはよう…」

「おん、おはよう。」

しっかりと目を合わせて言った。
大耳が軽く微笑んで挨拶を返してくれてほっとする。
隣にいた信介も、同じように挨拶を返してくれる。信介とも目が合った。

「信介、俺苗字と自販機行ってから教室行くわ。先言っといてくれへん?」

「わかった。」

「苗字、行こ。」

大耳があたしの腕を優しく掴んで、引いた。
あたしは、それに逆らうことなく着いていく。後ろを歩いているせいか、制汗剤の匂いが柔らかく香った。
ほんのり甘さを感じる匂いは、石鹸の匂いのやつやろか。

「大耳、喉乾いたん?」

「今、乾いてん。」

「水分補給大事やしなぁ。」

自販機には、ぼちぼちあったかーいが並び始める時期らしい。あ、去年無かった抹茶ラテのあったかーい出てるやん…と考えていると、大耳は「何が飲みたい?」とあたしに問いかけた。

…自分の飲みたいやつ、買いに来たんとちゃうの?
あたしが首を傾げれば、大耳ははにかんで。

「…少しでも一緒におれる時間欲しいって、努力の一環やで。」

「そ、それは…どうも?」

「朝練終わったばっかやのに、ここまで連れてきてもうたから、好きなの選び。」

あたしが選んだのは、いつかの大耳が「飲む用」と言って買ってくれたスポーツドリンク。

「ありがとう。」

「こちらこそ。…あんな、挨拶する時、目しっかり合わせてくれたやん。あれ、嬉しかったわ。」

それくらいで?と思うが、わからない訳やない。
好きな人と目が合うのは、嬉しい。あたしも、

「苗字、」

「どないした?」

「…やっぱ、なんでもない。」

大耳が、目を逸らした。今、目合わせるの大事やなっちゅー話してたよな?

「なんやねん…言いたいことあるなら言い!」

あたしが責めると、拗ねるように目の前の大男が言った。

「お、俺のこと考えて、」

「大耳のこと…?」

「今、信介のこと考えそうになったやろ?」

なに、お見通しなん?そんなあたし分かりやすかった?
恥ずかしくなってきて、涼しくなってきた時期やのに、頬が暑い。それを手で頬を仰ぐようにパタパタとしてみると、その手を。

大耳が、パシっと掴んだ。掴んで、掴んだはええけど、どうしていいか分からんくなったんやろう。大耳は、あたしよりも顔を赤くして、そっと手を離した。

「…あかん、調子狂うわ、」

「こっちの台詞や!!」

なんやねん、攻め方おかしいやろ!!…ほんまに、こんなんにドキッとしてもうたあたしもおかしいけど!
踵を返せば、大耳も少し後ろを着いてくる。大男が、しゅんとしているのがおかしくて、つい吹き出してしまった。

「なぁ、大耳。」

「…はい」

「一緒出掛けるんは、どう?」

唐突になってもうた、大耳は完全にきょとんや。しゅんとしとるよりはええけど。
大耳はクールそうに見えて、案外わかりやすいんかもしらへん。

「…お互いに、相手のことよう知れるかな思ってん。あたしら、バレーしとるとことか、たまにする会話とか、そんくらいの接点しか無いやろ?もっと、なんか…「行く。」

「…あ、ほな、いっちゃん近いオフは、」

「次の月曜。オープンスクールの振替は、男バレはオフになってる。」

その日やったら、女バレもオフや。
次の月曜って…すぐやん。自分から言い出したことやけど、思ったよりも近くなった予定に、緊張みたいなもんが湧いてくる。

「行き先、考えとくわ。ほな、また後で。」

ほな、と言って入って行ったのは別のクラスやったし、大耳も同じらしい。
試合前とはちがった、ふわついた緊張感は、案外悪いもんではなかった。









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