見ててな.




コール音は、一回目でとぎれた。
思ったよりも早く表示された、通話開始の画面に驚いて、慌ててあたしはスマホを耳に当てた。

『…苗字?』

無言のあたしに、大耳が心配そうな声音で声をかけてくる。

『どうした?なんかあった?』

低くて落ち着く声が優しい。
大耳と話すようになるまで、あまり大耳のことを知らなかったけれど、大耳の声はよく知っていた。

女バレと男バレの練習場所が同じになった時に、あたしが声を出せば、それに応えるように聞こえる男子の声。
低さのせいであまり響かへん、でも人一倍張っとるのがわかる声に、励まされていた。

「…大耳の、声好きやなぁ。」

『えっ…あ、どうも…?』

思わずこぼれた言葉に、大耳は戸惑ったのか、声が裏返っていた。
ちゃう、こんなこと言いたいんとちゃう。
あたしが伝えたいのは、そういうんと違くて。

「あたしは…信介のことを完全に好きじゃなくなることは、まだできへん。」

『…うん。』

突然の話題に、大耳は何かツッコむわけでもなく、ただ静かに相槌を打った。
ただ、静かに受け止めてくれた。あたしには、こんなこと出来ない。大耳は、あたしよりずっと大人や。達観しているように思える。
あたしの、情けなさが恥ずかしくなるほどに。

「でも、大耳のことを見ていきたい。好きに、なりたいなんて…こんな、中途半端なあたしで、ごめん…」

何が言いたいんや、あたしは。
思考が絡まって、空回る。あたし自身の弱くてずるいところ晒して、相手に投げるようなこと。こんなん、信介相手にもしたことない。

「あたしなんかや無うて、もっと大耳には良い人がおるよ。…ごめんな、いきなり。そんだけやから。」

『勝手に完結すんなや。…まだ俺告白しても無いやろ。』

大耳が、「今から大事なこと言うから絶対に切るなよ、」と前置きをした。
あたしは震える手を押さえて、スマホを落とさないように耳に押し付ける。

『俺は、1年の頃から苗字のこと見てた。この子は信介のこと好きなんやろな、ってのはわかってて、それでも好きになってん。』

そんな前から、あたしのこと…?
戸惑うあたしに構うことなく、大耳が続ける。

『中途半端とちゃうよ。俺のこと考えてくれてるんやろ。好きになりたいって思ってくれてんねやろ。好きになってくれ、そんまま。信介を好きって気持ちは、苗字にとって大事なもんやったんやろ。それを上回るくらい、好きになって貰えるように…俺が。俺が頑張ればええだけの話や。』

大耳は、あたしが信介のことを好きやったという気持ちを大事なもんやと言ってくれて、何故か泣きそうになる。

「…あたしが自信持って大耳のこと好きやって、大耳しか考えられへんって、そう思えるように、してくれる?」

『せ、精一杯努力します。』

大耳は、照れがまじった声音を隠すように敬語で言った。
思わず笑ってしまったあたしに、大耳がゆっくりと溜息を吐いた。

『…なにわろてんねん。』

「あ、ごめん。…あかんかった?」

『ううん。笑ってくれた方がええ。自分が避けてるくせに、傷ついた顔するより、ずっと。』

傷ついた、顔…してたん?あたし。
確かめるように尋ねると、大耳はせやで、と肯定の返事をした。

『もう、避けんといてな。結構堪えるねん…あれ…』

「ご、ごめん…」

『これから、俺のこと見てくれるんならええよ。いっちゃんええとこで見てな?』

「うん。」

大耳を、見ていきたい。大耳のことを、好きになりたい。じわじわと、甘やかな実感が湧いてくる。

通話を切ってしまうのが名残惜しくて、家の前を通り過ぎて、戻ってきたのは、大耳にはまだ内緒にしておきたい。






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