避けられてる?.
大耳は、さりげなく助けてくれることが多かった。 信介に振られた日に、泣いてしまったあたしにハンカチを差し出してくれて。 振られてからは、信介と話すことに少しの抵抗感を感じていたあたしの、逃げ場になってくれた。 信介とまた話せるように、さりげなく話を繋いでくれたり、気にかけてくれた。
そんな大耳やから、あたしは信介への整理できない気持ちをさらけだすことができたんやと思う。
大耳が、あたしに好意を持ってくれているのを、知っているのに。
「苗字、おはよう。」
朝練後の昇降口は、男子バレー部とも出会うことが多い。いつもなら反射的に返す挨拶も、今日ばかりは変な間が空いた。
「…おはよ。」
あかん、うまく目が合わせられへん。 とっくに履き替えた靴の踵を正す振りをして、目線を落とした。 大耳はそんなあたしを不自然に思ったんか、こそっと小声で、なんかあった?と尋ねてきた。 軽く曲げた背中、いつもよりも近づいた顔。大耳の潜めた声に、怯えたみたいに身体がびくりと跳ねる。
「なんも、」
「ならええけど。なんかあったら言ってな?」
「…別に。」
「そのー、体調は大丈夫やんな?」
「悪かったら朝練とか出えへんやろ。」
心配してくれてるのが伝わるのに、かわいくないキツい言い方をしてしまった。
「…余計なおせっかいなら、ごめんな。」
あ、傷つけた。 困ったように笑う大耳の顔に、罪悪感を感じる。違う、そんな顔させたい訳やないのに。 …なにやってんねん、あたし。
後からやってきた尾白や赤木とともに、大耳は階段を登っていく。 その背中に何か声をかけたかったはずやのに、何か声をかけなあかんはずやのに、言葉は何も出て来んやった。
その日は、大耳と目があっても、すれ違ってもあたしから声をかけることは出来んかった。 大耳が、気を遣って先に目を逸らしてくれたり、会釈をしてくれて。その姿を見て、また胸が苦しくなる。
「苗字。」
放課後になり、残りは部活だけ。 そんな時に柔らかい響きで、あたしの名前が呼ばれた。振り返らずともわかる、大耳の声や。
「部室棟行くとこやろ、一緒にええか?」
「…いや、あたし、トイレ行くから。」
「あー、そっか。」
嘘をついた後ろめたさから顔をあげることができずに、返事をした。 取ってつけたような理由は、自然やったはず。 大耳が先に言ったのを確認して、あたしは歩き出した。
「…なぁ。やっぱ俺、避けられてる?」
大耳が振り返ってあたしの目の前まで来て、問いかけた。俯いとったから、気付かんかった。 驚いて見上げれば、不安そうな顔の大耳が居て。
「ごめん、」
「いや、謝ってほしい訳とちゃう。…気付かんと、ごめん。俺がなんかしたなら、言ってほしい。」
「っちゃうよ。大耳は、なにも…」
「なら、なんで?」
なんで?って…。 北のことがまだ好きで、大耳の好意を都合の良いもんにしてるって、そう言ったら傷つくやろ? それだけや無くて、あたしの浅ましさとか、かっこわるさを、大耳に知られたくない。
「…ごめん。」
何に謝ってんねん、この状況をやり過ごすための言葉にすぎない謝罪をして、大耳を振り切って、部室棟まで走った。 男女の差、足の長さも筋力も、しっかり大耳には劣っとるはずやのに、大耳はあたしには追いつかなかった。 きっと、追いかけてこなかったんやと思う。 大耳は、あたしに逃げる隙を与えてくれた。きっと、それが大耳の優しさやとわかるから、余計に胸が詰まったような苦しさを感じた。
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