合わす顔ない.
「あの、大耳先輩と、お付き合いされてるってほんまですか?」
女子に呼び出されることは、少なくはないが、こんな理由は初めて。 ちっさい、かわええなって感じの子。どこか、信介の彼女にも被るような気がしてしまう。 こんな柔らかい雰囲気は、あたしには出せへんもんやな。
「1年生?」
「に、2年です。あの、それで…付き合ってるんですか?こないだ、食堂で一緒でしたよね。あと、たまに一緒帰ってはるの見かけるんですけど。」
結構根性ある子やな。 威圧的な見た目をしとる自覚はある。多分、呼び出すんは怖かったんやないかな。 それでも、こうやってサシで話そうという心意気は、正直尊敬する。
「付き合ってないで。」
だから、事実をしっかり伝えようと思った。
「付き合ってない。けど、これから大耳のこと見ていけたらええなって思ってる。」
はっきりと告白された訳とちゃうけど、あたしが感じている大耳の好意を無いものにしてまうのは、あかん気がした。
「…そうですか。」
「うん。」
「北先輩のこと、好きとちゃうんですか。北先輩に彼女がいるから、…大耳先輩のこと利用してるんとちゃいますか。」
柔らかい雰囲気、撤回。結構この子、ズバズバ言う子や。ほんで、あんま人が突かれたくないとこ突くもんやから、少しイラッとした。…それと同時に、どこか図星なんやないかと、不安を感じてしまった。
「関係ないよな。」
「関係ないって、」
「関係ないやん。あたしにゴチャゴチャ言う前に、大耳に好きになってもらえる努力したら?…聞きたいこと終わったなら、教室戻るわ。」
踵を返して、あー…言い過ぎた、と落ち込んだ。 ムキになった。歳下相手に、こんなムキになる必要ないのに。 あの子からきっとあたしの姿が見えなくなった所で、膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
その日はイライラしながらも切り替えて、部活に臨んだ。そのせいかいつもより消耗している。 帰宅しようと部室の鍵を返しにいけば、信介があたしを待っていた。
「おつかれさん。ちょっとええか?オープンスクールのことで話したかってん。」
「オープンスクール…」
稲荷崎は私立学校やから、年に数度、オープンスクールがある。その中でも再来週のオープンスクールは、最も動員の多いもの。有望な中学生を引き抜こうと、各部活が気合を入れて臨む。
「おん。そこで部活動紹介と、放課後の見学があるらしい。ほんで、その紹介の内容と見学の時のメニューを決めたいんやけど…明日の昼休みええか?」
「ええよ、…でも、信介の彼女が気にしやん?」
「大丈夫。ちゃんと説明するし、安心できるようにする。」
信介は、まっすぐにそう言い放った。 信介は有言実行という言葉が似合うと思う。言ったこと、自分で決めたことは絶対にやりとげる。 そんな人が大切にすると決めて付き合ってる彼女に、あたしなんかが勝てるわけないよなぁ…。
信介との約束をした、翌日の昼休み。
実際に体育館に足を運んで、一番見栄えのする練習メニューと、中学生の見学スペースについて話し合った。 2階の見学席だけやなくて、ステージも使ってより近くで見えるように…とか、去年は高校生との交流もあったし今年も…とか。 トントン拍子に話は進んで、思ったよりも時間が余った。
「部活動紹介はうちらも来年には引退やし、2年に任せてみてもええんやない?ほら、あんたんとこの2年、侑と治とか、人気やろ。」
「…事前チェックが必要やな。女バレの子らは、真面目やし、俺らが面倒見てもらう形になりそうやけど。一応先にふざけんなよって釘さしとくわ。」
「よろしく。うちの子らええ子やから、困らせんといてな?」
信介が、じっとあたしの顔を見る。 あたしも負けじと見つめ返して、信介の顔つきが中学の時よりずっと大人っぽくなったなとドキッとした。
「苗字がいつも気にかけとるから、あの子らもそれに応えようとしてんねやろ。…俺も頑張らなあかんな。」
ふ、と笑った。わずかに上がる口角、信介は、表情豊かにもなった。以前よりずっと笑う。それはきっと、あの子の影響なんやろうなと思う。
表情豊かで、柔らかい雰囲気の信介の彼女。
信介はどこがよくてこの子と付き合ってんねやとか、正直思ったこともある。でも、信介の小さな変化とか、楽しそうな雰囲気とか、そういうのに触れていく度に、傷つきながらもわかってしまう。
「信介、彼女できてから雰囲気柔らかくなったわ。」
「そうか?」
「自覚ないん?もっとええ男になったで。」
「それは…光栄やな。」
ちょっととぼけた返答も、好きやなぁ。 まだ、信介を見ると喜んでまうあたしの瞳、高鳴って鬱陶しい心臓、うわずって少し高くなる声、全部が信介のことを、まだ好きやと知らせる。 もう叶いもしないのに、健気なのか諦めが悪いのか。
「あたし、ちょっと寄るとこあるし先戻っててくれる?」
「わかった。時間取ってくれてありがとうな。」
「こちらこそ。…じゃあ、また。」
信介の背中を見ると、振られたあの日を思い出す。 ほんの少しくらい振り向いてくれてもええのに、信介は一度も振り返らなかった。
あたしの涙に気付いたんは、大耳だけ。
「あー…あかん。」
体育館を出てすぐにある自販機で、冷たい缶のコーヒーを買う。 "冷やす用"として。
ゆっくりと滲む、溢れはしない涙を溜めた瞳は熱を持つ。 また、都合よく大耳が現れてくれたなら…と考えて、余計に苦しくなった。 叶いもしない恋をまだ拗らせて泣いて、好意を寄せてくれてる相手に縋ろうとする。いつから、あたしはこんなにダッサい女になったんやろう。
ーー「北先輩のこと、好きとちゃうんですか。北先輩に彼女がいるから、…大耳先輩のこと利用してるんとちゃいますか。」
あの子の言葉が、頭に浮かんだ。 言い返そうと、頭から追い払ってしまおうと、言葉をぶつけようとして…何も出てけえへんことに気がつく。 大耳のこと、都合のええやつにしてるんとちゃうかって、どっかであたしはそう思ってんねや。
「合わす顔ない…」
コーヒーの缶から、水滴が伝う。 頬に流れて、その冷たさに体が跳ねた。驚くほどに冷たかった。
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