ええこと12個.
「苗字、日本史の資料集持っとる?」
大耳が訪ねてきて、廊下側の席に座るあたしに問いかけた。 5組まで来るなら、尾白に借りればええやん。
「アランは世界史やねん。苗字、すまん頼むわ。」
「別にええけど…。」
引き出しから取り出せば、ありがとうなと笑う。大耳は、なんかちょっとあざとい。告白もどきをされてから、なんや、大耳があたしをめちゃくちゃ優しい目で見とる気がして、恥ずかしい。
「…なに、見んといて。」
「あぁ…すまん。つい。」
つい、ってなんやねん!ついって!!
「そんな意識されると照れるわ。…ほな、な。」
小さな声で大耳が言って、教室へと戻っていく。 意識とかしてへん!してへんからな!!
…意識してへんはずやけど、その後の授業は、やたら終わりが気になってしまった。
あと、5分で大耳がくる。 そんな理由で前髪を手櫛で整える、あたしはおかしい。 いっとくけど、信介がくるなら、ちゃんと櫛使うし!リップも塗り直すし…!
「苗字、助かったわ。ありがとう。」
「…おん。」
「心ばかりですが…」
そう言った大耳が差し出してきたのは、12個入りのチョコレートやった。
「ええのに…ありがとう。」
「ええこと12個プレゼントっちゅーことで。」
そんなキャッチコピーやったっけ。 くるりと、チョコレートの箱をひっくり返してみれば、付箋が貼られていた。
苗字へ ありがとう 大耳より
字、ちっさ。ほんで、えらいかわいい。 あの見た目で、こんな字書くって…うそやろ?
「この付箋、大耳が書いたん?」
「あ、…せや。ほら、教室居るかわからんから。」
「なるほど」
「なんや、言いたいことあるなら言い。」
「えらいかわいい字やな?」
「…よう言われる。」
ふてくされるような表情は、大人っぽい顔立ちに、年相応の幼さをみせた。 大耳曰く、字がキャラじゃないのはよう言われることで、バレー部の部誌にある大耳の字が、後輩からは女マネの字だと思われていたくらいらしい。
「ええやん、丁寧な感じする。」
「せやろ、丁寧な性格してんねん。几帳面やしな。」
開き直ってみたものの、大耳の言葉には照れが残っていた。
「っふ、はは…あかん、笑える。」
「…結構気にしとんのやけど、」
「ふふ、ごめんやで。」
「ほんまに思っとる?」
「思っとるよ。」
「…ほんなら、今日の昼休みは一緒に食って。」
「ええ…なんで?」
「お詫びの気持ち。食堂のごまプリン、一個でええよ。」
「はぁ?」
「あぁ、あかん。苗字に笑われた傷が開くわ…」
予鈴が鳴って、大耳は言い逃げのように7組へと戻っていった。 言い逃げなんか、ずるいやつやな。ごまプリン、このチョコと同じくらいの値段するやん。まぁ、そんくらいええけど、別に。あんた、お礼に来たんやなかったんか。 ブツブツと心の中で文句を言いながらも、食堂で何を食べるか考えてしまう。 こんなん、大耳と過ごす時間が楽しいみたいやん。いや、結構楽しいけど。案外話おもろいし、ノリもええし。
「…アホ。」
小さくつぶやいた文句は、本鈴に紛れた。
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