突然訪れたのは敗北.




赤司征十郎が生徒会に入ってきたのは、彼が二年生になってからだった。

私は一年生の頃から、生徒会の広報として活動に努めていた。内申点のためもあったけれど、帝光の行事の見事さや学校の校風に魅力を感じて、学校を動かす人になりたかった。
だから、一年生から生徒会に入って、二年生からは、副会長に。三年になったら会長に立候補しようと思っていたーーそれが崩れたのは、赤司のせいだ。

「俺は、副会長に立候補したいと思っています。」

生徒会のメンバー募集を見て、と生徒会室に乗り込んできた赤司は、その凛とした佇まいで、その部屋にいた全ての人を魅了した。
スペックが高くて容姿にも恵まれている赤司と、勉強が少しできる程度の並の私では、比べることも烏滸がましい。

「ミョウジは……役職、どうする?」

生徒会のメンバーは、気まずそうに私を見た。私がいつか会長になりたいというのを知っている先輩も多かった。
空気は読める方だと思う。
ここで私が引いた方が穏便に済むことも、なんでもないように笑ってすませることが最適だということも、わかっていた。

「わ、私は、その…広報におもしろさを感じてて、できれば来年も続けたいなってところだったんですよねー!やっぱり、帝光の魅了を伝えていきたいし。」

うまく笑えている。大丈夫だ。
周りのほっとしたような空気を感じて、私も安心する。

赤司に目を向けると、赤い綺麗な瞳と目が合った。
じっと、見透かされているような居心地の悪さを感じたけれど、目を細めるように笑顔を作れば気にならない。

「ずっと会長なりたいなーって言ってたから、今更訂正するのもなって…言い出せなかったので、赤司君が来てくれて、助かっちゃったな。」 

ありがとう、と言えば、赤司は小さく微笑んだ。
貼り付けたような、気に食わない笑顔。それが、私が赤司に抱いた、最初の印象だ。


ーーーーー


あれから、一年が経った。
先輩方は卒業した。赤司は、生徒会長になった。私は広報から、副会長へ。

「ミョウジ、次の帝光祭のパンフレットへの広告掲載の協力についてはどうなってる?」

「説明のプリントと、前年度のパンフレットを近隣のお店に配布してる。実行委員も一緒にしてくれてるし、進度は例年よりも早いよ。」

赤司は、私の報告に小さく頷いて微笑んだ。

「ありがとう、ミョウジは仕事が早くて助かるよ。」

ありがとうという言葉だけではなく、労うような言葉までかけてくれる。理想的な上司の行動、とかそんな自己啓発本にありそうなくらい完璧な対応だ。
そもそも、私の仕事が早く済むのは、赤司が前もって指示を出してくれてるからであって…赤司の立派な統率力を感じるたびに、私は自尊心が減っていく。

「…どうした?」

会長の机の前から動かない私を不思議に思ったんだろう。赤司が尋ねた言葉に、私は答えない。

「赤司、」

「うん。」

「…好き。」

僅かに見開かれた瞳。
赤司の瞳が苦手な私はいつも怯えながら、それを見つめてしまう。そのために気がついた機微で、他の人には分からないくらいの表情の変化だ。

「それは、恋愛対象として?」

「そうだよ。私は、赤司のことが好きなの。ずっと、ずっと、好きだった。」

何を口走ってるんだろう、と自分のことなのに他人事のように思う。
告白って、もっとドキドキするものだと思ってた。
言ってしまえば、言葉にしてしまえば、気持ちは軽くなるものだと思っていた。
赤司の見透かすような瞳が怖い。目を逸らすこともできなくて、赤司の言葉を待つ。エアコンによってかき混ぜられる空気の振動を感じるくらいに静かな空間に、息が詰まる。

「…わかった。付き合おう。」

赤司はそれだけ言うと、何事も無かったように机上のプリントを捲り始めた。

「は…?付き合うって、私と赤司が?」

「告白してきたのはそっちだろう。」

「そうだけど…」

「もっと喜ぶべきじゃないか?」

赤司は、空いた片手を少し伸ばして、私の指先に触れた。そのまま小さく絡められて、ぬるい体温が伝う。

「…ミョウジ、先に言っておくけれど、俺から振ることは無いよ。」

赤い瞳に捉えられて、綺麗だと思うよりも、蛇に睨まれた蛙の気分を味わうことになったのだった。








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