夏の前は灰色の春.
はじめて人に恋をした。
それまでもふんわりと好きな人はいたかもしれない。でも、相手を見ているだけで満足できるような、無欲な恋だった。
はじめての本気の恋は、欲だらけだった。 こっちを見てほしい、私のことを知ってほしい、少しでもいいから話したい、笑ってほしい、私以外を見ないでほしい、私を優先してほしい、あの子に近寄らないでほしい。 火が爆ぜるように欲が弾けて、止まらなくなっていた。
「大地は、私の彼氏だよね。」
「うん。」
「…道宮さんとの距離、どうにかならない?あの子の気持ち、気づいてないわけじゃないでしょ?」
「なんとなく好意を寄せられてるのはわかる。でも、何も言われない限りは、俺は態度を変えないと思う。」
なにそれ。 私が嫌って言っても、大地は道宮さんを受け入れるの? 私と付き合ってることを知っている道宮さんが、大地に告白するとは思えない。ひっそりと健気な片想いを寄せるんだろう。私は、それを我慢しなくちゃいけないの?
「し、清水さんとも、近いよね。」
つい、口をついて出た言葉で、2人の間の空気が凍った。 大地の顔をうまく見れない。冷たい、軽蔑されるような目で見られても仕方がないことを言ってしまった。 俯いたまま、私は待ちたくもない大地の言葉を待つ。 ごめんなさいと素直に言えればいいのに、何も言えずに。
「清水はチームメイトだよ。…なぁ、俺が名前のことを好きって事実じゃ足りない?」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような言い方は気に食わなかった。 実際自分が聞き分けの悪い、面倒な女だってことは大地と付き合っていく中で嫌と言うほど気付かされている。 …そんな自分が、大嫌いだってことにも。
「名前、一旦冷静になるために、距離を置こう。」
「…わかった。」
距離を置くって何? 問題を遠ざけて、後回しにして、何になるんだろう。 大地は「ごめんな、」と言った。人を振る時に言うごめんみたいと思った。 あぁ、そっか。振られたみたいなものか。遠回しで希望を持たせるような言い方しなくてもいいのに。 私に背を向けて、部活にいく大地の背中を見て悟る。 距離を置きたい…なんて、離れていくためのものでしょう? 置いた距離が縮まることは無いんでしょう。
ほしいばかりで、何も手に入らなかった。 過ぎた欲で広げた手は、全てを取りこぼしてしまう。
落ちていく涙さえも掬えない両手の惨めさを知った春の日は、青というより灰色の空をしていた。
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