線香花火の願いは叶う fin.
大地から連絡が来たのは、その日から2日後だった。
大地は高校生の頃はガラケーで、LINEを交換していなかった。 だから、何年越しの連絡は、メールで訪れた。 「会いたいので、時間をください」と、なぜか敬語のメッセージがきて、笑ってしまう。
そういえば、大地から来るメールが好きだった。あまり携帯は使わないらしくて、一文字ずつ打つのに時間がかかる。そんな大地が、得意ではないメールを、私のために打ってくれるのが嬉しかった。返信のタイムラグを待つのが楽しかった。
予定を組んでいくうちに、8月29日がお互いにとって都合がつくこと、仙台駅で夜ご飯でも…という結果に落ち着いた。 大人になったなぁ、と思う。 駅近の雰囲気の良いご飯屋さんを、サラッと予約する大地は、大人になってから出会う男の人みたいだ。ファストフードやファミレスでご飯を済ませていたあの頃とは、やっぱり違う。 お酒が飲めるかどうかの質問もされた。大地は本人曰く、結構イケる口らしい。確かにそんな感じがする。
楽しみで、眠れない。時間が流れるのが遅く感じるなんて、こんな気持ちを味わうのはいつぶりだろう。
29日、やっと当日になって。私ははじめてのデートに行くみたいに、気合を入れて準備をした。
あざとく見えるかもしれないけれど、大地が好きだと言っていたポニーテールにして。少し大人っぽい綺麗目なメイクと、服。かかとの高い靴。どれもお気に入りのもの。
待ち合わせをした改札には、15分前に着いた。 …待って、私めちゃくちゃ浮かれてる。どうしよう、こういうのって時間丁度くらいに来るべきだったよね?
「…名前?」
「こ、こんにちは、」
後ろからかけられた声は、何度も反芻したもので、振り向かずとも主がわかる。
「早いな。」
「早いよね…」
お互いに視線を彷徨わせて、目を合わせて、笑ってしまう。笑った顔は、幼さが残っていて高校生の大地が重なった。
「好きだ。」
「え、」
懐かしむ気持ちを、一気に持っていかれた。 唐突な告白は、周囲の賑やかさに紛れることなく、はっきりと私の耳に届いた。 あの夏祭りでの再会で、私が告げた想いも、こんなふうに大地の耳に届いたのだろうか。 好きだ、と言われた。私も大地のことが好きだ。 ずっと胸の奥にあった想いが、弾けて、広がる。
「私も、好き。」
「うん。」
待ち合わせて、5分も経っていないうちに、私たちは想いを伝え合った。
「早いね、ほんと…。ご飯とか食べ終わって、最後かと思ってた。」
「ごめん、堪えられなかったわ。」
「せっかち、」
「…認めざるを得ない。」
大地は耳を赤くしながら、私の方に手を差し出した。 その意味を汲み取って、同じように手を差し出すと、優しく握られた。私たちの間にあるのは、恋人同士の何気ない仕草だった。
「大地、別の人いるんじゃないかなって思ってた。」
「居ないよ。…居た時もあったけど、別れた。」
「そっか。」
「タイミングとか、そーゆーのもあるよな。大人になると。名前と会えて、今こうやって手繋げて…なんか、すごいことだなって思う。」
どこかの未来に、他の人と付き合って結ばれる大地の姿があったと思うと、身勝手な不安を感じてしまう。 もしも、とかそんなことを言っても仕方がないのに。
「…本当に私でいいの?」
そう尋ねながらも、私は繋いだ手を離せない。 むしろ、手に力を込めてしまう。離したくないのに、こんな風に聞いてしまう自分は、大地が絡むとまだまだ幼いのかもしれないと思う。 大地は、私と同じように繋いだ手に力を込めた。そして、名前こそ俺でいいの?と尋ねた。
「今度は俺、名前のこと手離せる自信ないよ。」
…クサイこと言ったな、ごめん。そう言って笑う大地に、私はさっきまで感じていた不安が、どこかへ行ってしまうのを感じた。
「願いごと、叶っちゃったね。」
「あぁ。」
「私、大人になれたのかなぁ…成人してるけど、中身がめちゃくちゃ変わったかって言われると自信ない。」
「めちゃくちゃ綺麗になったよな。」
「は、…そういう話じゃなかった!」
「前は可愛いなって感じだった。」
「もう、からかってるでしょ!」
「言ったろ、安心させるくらい気持ち伝えるって。今度は、名前のこと不安にさせない。」
サラッと誉め殺してくる大地に、私はいっぱいいっぱいになってしまう。 その上、タイミングが悪くお腹の音が盛大になって、頬はこれでもかというほどに熱くなる。
「…今もかわいいな?」
「っ、大地!」
「ハハッ、悪い。俺も腹減ったし、飯食いにいくか。」
大地が予約してくれていたディナーは、とてもおいしかった。 お酒を飲む大地は、少しだけ言葉の雰囲気が柔らかくなる。高校生の時の思い出、離れていた間のことまでを語り合いながら、知らない時間を埋めて行った。
「警察って大変そう。剣道とかもできるの?」
「一通りな。使う筋肉が違うからさ、やっぱ身体がデカくなった。」
「だよね、大地…おがったね。」
「よく言われる。」
話をしていると、デザートでございます、と店員さんが運んできてくれた。お礼を言おうとして、つい言葉が止まる。 ケーキのプレートには、Happy birthday 名前の文字。パチパチと弾ける花火の蝋燭。
「大地、これ…間違ってない?」
「間違ってない。俺が頼んだ。」
「なんで?誕生日じゃないよ?」
「…知ってる。」
大地の意図がわからなくて、首を傾げる私。大地は少し気まずそうに、頬をかく。
「そのー…さ、18歳の誕生日、名前、御守りくれただろ?」
「…御守り、」
あげた。その時にはとっくに別れていて、私は大地と話すことはなくなっていたけれど。 春高とか受験とか大事なことが沢山控えている大地に対して、少しでも力になれたら…と御守りを買って。菅原に渡してもらうように頼んだ。
私からって言わないでね、と念を押して。
道宮さんが御守りを渡していることも知っていた。対抗心って思われたらやだな、とかそんな気持ちもあった。
「スガから聞いたんだ。名前からだって。めちゃくちゃ嬉しかったし、試合の前とかに見て、力貰ってた。俺はメールくらいしかしてやれなかったなって、ちょっと後悔してて。だから、お返し、みたいな…。」
尻すぼみになっていく大地の言葉に、相変わらずまっすぐで、律儀な人だなぁと思う。
「…ありがと。」
私とまた、出会ってくれて。あの時の恋を大切にしてくれて。ありがとう。
「こちらこそ、ありがとう。」
「次は、記念日のお祝いがいいな。」
「結婚記念日?」
せっかちだなぁ、と笑ってしまう。
「…まずは一年とかからじゃない?」
「そ、そっか。そうだな!」
パチパチと弾ける花火の蝋燭は、あの日の線香花火みたいだ。
あの日の花火は、夏の終わりと私達の関係の終止符を打つものだった。今目の前に光るのは、これからの私達を祝う花火だ。
窓の外には、火花を散らしたような街の灯りが瞬く。あの時みたいに澄んだ夜空の、暑さが残る夏の日に。オレンジ色に燃える花火を眺めながら、これからの私達のことを祈った。
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