夏の日の頃.
そのまま、大地とは別れた。
たまに話すことも、連絡することもほとんど無かった。全国大会への出場が決まった時に大地からメールが来たことと、お互いの誕生日にメールをしただけ。 季節が巡って高校を卒業しても、私達は交わることはなかった。
私は進学のために地元から離れて、新しい彼氏ができたりもした。友達伝いに、大地に新しい彼女ができたらしいとも聞いた。
特にお互い何も言わなかった。
私は新しい彼氏と付き合ってからも、嫉妬しがちな性格は変わらなかった。ただ、大地のことを思い出して、伝え方とか、気持ちの立て直しを考えて、恋愛が出来るようになった。 このまま結婚するのかななんて思うこともあったけれど、就職のために地元に戻ると決めた時に、私は彼氏と別れた。
就職して、それなりに仕事に慣れて、遊びとの両立もまぁまぁできるくらいになった。
今日は高校時代の友達に誘われて、夏祭りに行く。
「白は、さすがに若いよねぇ…」
あの時は、高橋君と行ったんだっけ。白地に淡い花柄は、ピンクを基調にしていて、若々しい。もう少し、落ち着きたいものだ。 じゃあ黒か…と、手に取ったのは、オレンジと白の線香花火の柄が入った浴衣。 あの頃には、着れなかった。 …我ながら、幼かったなぁ、と月日の流れを感じる。
「…よし。」
当時は大人っぽいと思っていたが、しっくりときた。 あの頃よりも長い髪を括って、髪飾りを差していく。 浴衣、綺麗だった、と言ってくれたあの人は、今の私に会ったら、見てすぐに綺麗だと言ってくれるのかな。
待ち合わせした神社の近くで、ぼんやりと待っていると、高校生のカップルを見かけた。片方は部活帰りなんだろう。少し文字のデザインが変わっているが、烏野のバレー部のジャージを着ていた。
「懐かしい、」
大地よりも細身の子だ。高校生にしては、大地は体つきがしっかりしていたんだなぁ、と思い出していると、着信が鳴った。
「もしもし…」
「名前?ごめん!職場でトラブル起きて帰れなくて…!もう着いちゃってるよね!ほんとごめん!」
「え、そうなの?大丈夫?私はいいから、お仕事頑張って!」
「ありがとー!恩にきる!!」
残念だけれど、職場のトラブルは仕方ない。 せっかく来たから、屋台を回って…満足したら帰ろう。 境内を歩いてみれば、夏祭り、といえばの出店が並んでいた。所々に目新しいものもあって面白い。
「お姉さん、一人?」
「…びっくりした、」
「びっくりしたって!反応かわいいね。一緒に回らない?」
ナンパをされたのは初めてだった。 普段は、一人で人の多いところに出歩くことは無い。 なるほど、こんな感じなんだ。
「一人で回りたいので、大丈夫です。」
「じゃあ、それに着いてかせてよ!俺も一人でさぁー」
「…なんで?」
「お姉さん可愛いから。」
どうやって断ればいいの? 粘り強いナンパの彼に、困ってしまう。慣れてないから対処もわからなくて、視線を彷徨わせた。 ナンパに気がつく人もいるけれど、ちらりと目線が合うだけ。
どうすれば…と困っていると、バチ、と火花が咲くみたいに、一人の人と目があった。
「こんにちは。お兄さん、お姉さん困ってるよ。離してあげなさいね。」
「うわ、っはい!!…じゃあ、道案内ありがとうございましたー!」
警察が来たら、さすがにびっくりするよね。わかる。 いつのまにか道案内をしたことにされていたが、何も無かったからまぁ、いっか。
「すみません、助かりました。ありがとうございます。」
「いいえ、また何かお困りでしたらお声かけくださいね、名字さん。」
「っ!?なんで、」
「忘れた?俺のこと。」
お巡りさんが帽子のつばを少しあげた。 見えやすくなった顔。…忘れるわけない。はじめて、私が恋をした人の顔だ。
「大地…」
「名前、久しぶり。じゃあ俺戻るから、気をつけなさいね。」
出会うなんて、思わなかった。 出会ったら気がついてしまった。胸の奥に、燻るように燃え続けていた花火が、一際大きく音を立てる。 背中を向けて歩き出そうとした、腕をとる。最後に触れた時より、がっしりとしていた。
「好き、」
再会して、突然何を言ってるんだろう。 口からこぼれた言葉は、言わずにはいれなかった。大地には、私以外の人がいるかもしれないのに。でも、このチャンスを逃したら、いけないと思った。
「…連絡先、変わってない?」
「変わってない…」
「今日…は、無理かもだけど、近々連絡する。」
大地は、肩が上がるくらい大きく息を吸って、吐いた。 はやる気持ちを抑えるような、そんな素振りをされたら、期待してしまう。
「だから…改めて俺から言わせて。」
「え、あ、…うん。」
それから、と大地が私の目を耳に顔を寄せた。
「綺麗すぎて心配だから、出来るだけ明るいうちに帰って。花火が見たいなら、警察とか…見守りの人の近くにいてほしい。」
歯の浮くような、とはこんな時を差すんだろう。 線香花火の浴衣を着てきてよかった。大地の目に映る私が、綺麗に見えるのなら、よかった。
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