線香花火に願いをかけて.
8月28日。 夏休みといえば31日が最後のイメージがある。 今年は29日が月曜日だから、最終日は28日だった。 31日が最終日だったなら、あと3日はあったのに。
大地の部活が終わる頃に、私は学校へ行った。お気に入りの服に、大地からもらったネックレスを合わせて。
「おつかれさま。」
「お疲れ。」
「花火、売れ残りだったからあんまり良いの買えなかった。」
坂ノ下のお婆ちゃんは、花火をするならついでに…とバケツやら売れ残った蝋燭やら、色々おまけしてくれたけれど。
「ごめんな、ありがとう。幾らだった?」
「いいよー、そんな高くないし。」
「ダメだって。払わせて。」
レシートとともに、坂ノ下商店で買っておいたパピコの半分を差し出すと、懐かしいなと大地は笑った。 交換するみたいにお金を出して、大地がパピコを受け取る。
「名前、これ好きだよな。」
「食べるのあんまり早くないから、ちょうどいいんだよね。」
「あー、ガリガリ君落としてたな。そーいえば。」
何気ない会話のラリーが続いていることに、不思議な気持ちになる。最近まで距離を置くだの別れるだの、そんな話ばっかりだったし、そもそも話をする機会が減っていた。
「なぁ、これさ…付き合う前に、分けて食べたの覚えてる?」
「…文化祭の時だっけ。買い出し班になったんだよね。」
「あれ、結構ドキドキしてた。」
「えー、意味わかんない!分けただけじゃん!」
「わかんねぇかー…好きな子になんか貰えたってだけでドキドキするんだよ。男は単純なの。」
嬉しそうな大地の横顔に、鼻の奥がツンとする。 海岸まで続く道を歩いているから、潮風のせいということにして。私は涙が滲まないように、ぐっと顔に力を入れた。
「大地、」
「んー?」
「部活、どう?楽しい?」
「楽しいよ。今年は最後だから、全国行くために気張ってる。」
「全国かぁ…」
私には遠く感じるそれを、大地は当然みたいに目指している。大地の、そういうところが好きだ。目標に向かってまっすぐなところ。大地は、何にだってまっすぐだ。 天邪鬼で曲がった自分とは違う。 今、私は大地に頑張っての一言すら言えない。
「…着いた。」
「海だねー。ちょっと涼しい気がする。」
花火の準備をして、火をつけた。 あたりは薄暗くなって、夜が近づいている。
「炎色反応、だね。」
「受験生だな、花火見たら確かに思い出すわ。」
導線になる紙に火をつければ、立ち上がっていく煙と鮮やかな火花が散る音が、大地の横顔を照らす。
「夏も終わるけど、花火するの今年初めて。大地は、家族とした?」
「ううん、今年は部活と勉強でタイミング合わなくて、俺だけ不参加。だから今年初めてだよ。」
「末っ子ちゃん、拗ねてなかった?」
「…拗ねてた。」
バチバチ、パチパチ…花火が爆ぜる。 他愛ない話をしていれば一本が燃え尽きるのはあっという間だ。
「名前」
「なにー」
「あの時言えなかったけど、浴衣姿綺麗だった。」
「え、…あ、ありがとう。」
パチ、…と火花が散って、手持ちの花火のほとんどが終わった。 残るは、線香花火だけ。
「線香花火って、夏の終わりって感じがする。」
「わかる。うちの家では線香花火長持ち選手権してた。俺結構強いよ。」
「楽しそう。私の家ではね、火の玉が落ちないで火が消えたら、願いごとが叶うってやつ。だから、動かないように必死だったなぁ。」
懐かしむように言えば、大地がやってみるか?と線香花火を差し出してくれた。
「何願うんだ?」
「大地が春高で全国制覇できますように、とか?」
「嬉しいけど、それは俺らが頑張ることだからさー…他のにしなさいよ。」
「じゃあ、大地の願いが叶いますように、とか。」
我ながらあざとい。けど、いいでしょう? 最後くらい少しでも可愛いと思われたい。
「大地は何をお願いするの?」
「…んー、ないしょ。」
火をつければ、さっきまでとは違った火花の散り方が、なんだか切ない気持ちにさせる。 膨らんで丸くなっていく火を、じっと見つめる静かな時間。今の時間は私達だけのものだ。
大地も真剣な顔で、線香花火を見つめていた。 あぁ、夏が終わってしまう。私達の、関係も。
終わりが良ければ全て良しとか、そんな言葉がある。 終わりなんて来なくていいのに、どんなことにも終わりが付いている。終わらないでこのままでいたかった、そんな気持ちで迎える終わり方は、良いものなんだろうか。
火花が散らなくなって、大地の火の玉が登るように消えた。私の火の玉は、ぽとりと落ちた。
「あー…願い叶わずだ。さすが大地強いなぁ…。」
「まぁ、毎年やってたからなぁ。」
火が消えて、大地の顔は薄らとしか見えない。 二人とも話すのをやめて、数秒見つめ合っていれば、どちらが先かなんかわからないくらい同時に、唇を重ねた。少し離れて、息継ぎをして、もう一度。名残惜しむように、もう一度。
「名前が落としちゃったし、俺の願いが叶わなくなるかもな。」
「大丈夫だよ、大地の花火最後までもってたから。…それに、ごめんね。自分の願いごとした。」
笑う私に、大地がコツ、と優しいゲンコツを落とす。そのまま頭を撫でられて、その手は私の頬を伝った。
「大人になって、大地の隣に立てる私になった時、また出会えたら…なんて。そんな自分勝手な願いごとしちゃった。」
…叶わないわけだ。 最後まで、こんな私でごめんね。大地と離れたがるくせに、隣に居たかったなんて未練だけは一丁前で。
大地の手に自分の手重ねると、大地の手がかすかに震えているのに気がついた。
「もう一度、チャンスがほしいって、願いごとしたんだ。」
名前とやり直すチャンスがほしい、と大地は繰り返した。
「この後に及んでまだこんなことって…思われるかもしれないけど。名前と、もっと向きあえたらよかったって、後悔してる。俺、名前が他の男と…って知った時、すごく不安になった。これまで不安にならなかったのは、名前がいつも気持ちを伝えてくれたからだったのに、気付いたんだ。」
潮風が、二人の間を通り抜けていく。 靡いた髪が頬に張り付いて、それを払おうとすれば、涙が伝っているのに気がついた。 多分涙でぐしゃぐしゃな、酷い顔をしている。夜空が隠してくれてよかったと思えるくらいには。
「俺も、名前を安心させられるような男になるから…大人になったら、また出会いたい。」
私が頷けば、もう何度目かわからないキスをした。 顔に張り付いたままの髪が、二人の唇の間を隔てるキスは、しょっぱい味がした。大地も泣いているのかもしれない。 離れて、何してんだろうね、と二人で笑ってしまう。 泣いて、笑って、忙しい。
「…もしも、大人になってまた会ったとしてさ。相手がいたらどうするんだろうね。」
「そしたら幸せを願うよ。…落ち込むけど。」
「私も落ち込んじゃうだろうな、」
「大人になるって、二十歳とか?」
「あと2、3年…で、なれるもんかな。私、なれない気がする。」
「そしたら、また2年くらい待つか。」
線香花火にかけた願いは、いつ叶うんだろうか。 そんなことを思いながら、大地と未来について話した。
澄んだ夜空の、暑さが残る夏の日だった。
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