拗れる前に.
結局、あの夏祭りから、高橋君とは微妙なままに終わってしまった。 夏休みの講習に通うために、自転車に乗って、坂を登る。烏野の緩やかな坂は、自転車通学者にとって地獄だ。日照りのせいで額から、こめかみ、首へと伝っていく汗を感じながら、必死にペダルを踏む。 朝早くに来ても、こんなに暑い。 ペダルを踏むのを諦めて、自転車から降りて歩くことにしよう。
「お、名字、」
おはようと声をかけられて、振り向くと菅原が居た。 運動着姿、部活の前かな。 同じようにおはようと挨拶を返せば、菅原が隣に並ぶ。
「講習、どう?」
「普通かな。この暑い中、体育館で運動してるよりかはマシ。」
世間話、菅原は探るように日常の話をする。 大地のことを聞きたいのかな、となんとなく思った。菅原のことだから、野次馬精神とかでは無いとは思う。どうせ、大地から何か聞いていて、どうにかしたいとか、そんなお節介な理由なんだろう。
「澤村君から、何か聞いた?それとも、私に何か聞きたい?」
「…っ、ご、ごめん!そういう空気出てた!?」
「なんとなくね。探りは要らない、何?」
「そのー、あのさ…彼氏、できたってほんと?」
それ聞いてどうするの。
「…いない。ただ、見栄っていうか、なんだろうね。大地が、私と同じ気持ちになればいいと思った。幼稚だよね。」
大地には言わないでね、と釘を刺す。菅原は、気まずそうな顔をして、わかったと頷いた。
「大地、ショックだったんじゃないかな。」
「…私も、辛かったよ。」
「ハハッ、うん。お互いさまだ。」
菅原の、人の機微に敏感なところ。それから、柔らかい言葉をかけてくれるところが、いいと思う。私も、こういう風になれたら、大地とうまく付き合っていけただろうか。
「距離おいただけのつもりだったみたいだけど、大地ももう少し寄り添えたんじゃないかって思う。大地、あー見えて頑固なとこあるし、距離の置き方極端すぎたんだろうな。」
「大地の味方しなよ、副部長でしょ。」
「どっちの味方でも無いよ、俺はすれ違ってる二人がいい方向に行ったらいいなってだけ。第一、部外者だべ。」
二人のことじゃん、と言う菅原に、確かにそうだと思う。 「道宮さんにムカつかないのー?もう少し言ってもいいんじゃない?」とか言う友達のアドバイス、「束縛は良くない!かわいいヤキモチが大事!」みたいな世間一般の意見とか、そういうのに振り回されていた自分が居た。
…馬鹿みたい。
「良い方向に、って正直イメージできない。けど、私が意地を張らないで、話せたら…少しは何か変われたのかな。」
「まだ変われるよ。部外者だから、客観的に見て、二人はまだ終わってないと思う。」
じゃあな!と菅原は、人を安心させる笑顔を見せて、体育館へといってしまった。
一人きりになって、自転車のチェーンのカラカラという音と、蝉の鳴き声がやけに響く。 客観的に見て、私たちは終わっていないらしい。 菅原の言葉は、うまく信じられなくて、飲み込めないまま。乾いた喉の奥に、張り付いた。
どうしたら、良い方向にいけるんだろう。 道宮さんが大地と会わなくなったら? 大地が、他の女の子と話さなくなったら? 私が、諦めたら? 考えてみるけれど、どれもしっくりこなくて、ため息が出る。
きっと。 道宮さんが大地と会わなくなっても、他の人が大地のことを好きになって、それが目についたら…私は同じように、嫉妬する。 大地が他の女の子と話さなくなったとしても、大地の自由を奪っているような居心地の悪さを感じてしまう。
私が諦めることは…できるのかな。できたら、こんなに拗れる前にどうにかなっている筈だ。
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