暑いのに震える唇.




新しい恋に目を向けてからも、大地の連絡先を消すことはできなかった。
夏休み中は、全部部活なんだろうな。バレー部の後輩の子のSNSを見て、なんとなくわかる練習ばかりの日々の記録に、そのハードさを知る。

「…あ、」

部活の集合写真をSNSに載せることはよくあること。
つい指を止めて見てしまって、後悔した。
大地の隣に立つ清水さんの姿。ノーマルのカメラなのに非の打ち所がないくらい綺麗で、溜息が出る。
私は、こうはなれない。

「名字、何見てんのー?」

「ううん、何にも。」

「そう?…てか、浴衣めっちゃかわいいな!」

「えー、ありがとう!」

地元の夏祭りは、本当は大地と行きたかった行事だった。付き合う前に誘って、弟と妹を連れていかなきゃいけないと断られて…来年こそはって約束してたんだっけ。今年も叶わなかった。

「あ、あれ…バスケ部の人じゃない?」

「お、本当だ」

「いってきていいよ、私ちょっと何か買って食べてるから。」

「え、いいよ!名字と居るし!」

「ふふ、ほんとは後輩と話したいんでしょ?顔に書いてある。花火始まる少し前に合流しよ。」

「…ごめん!ありがとう!!」

高橋くんは感情が素直な人だと思う。
少し幼い性格の彼のおかげで、私は余裕があるように振る舞える。だから、今の自分は嫌いじゃない。
相手の達観した性格に比べて、自分の幼さを突きつけられて、卑屈にならなくて済むのは楽だ。

「たこやきでも、食べようかな。」

たこ焼きの屋台のおじさんは、サービスと言って中身を増やしてくれた。
片手で持つには厳しいくらいだったから、神社の石階段に腰を下ろした。これ、食べ切れるかな…。

「名前?」

たこ焼きに向けていた目線を、弾かれたように上げてしまったのがいけなかった。
わかっていたのに、間違えるはずがないのに、大地の声を。

「…あ、よかった。合ってた。」

私を見て、大地がほっとしたような顔をする。
私は微動だにできなかった。どう動いていいのか、どう声をかければいいのかがわからなくて、選択肢を奪われたゲームみたいに固まってしまう。

「一人?」

「…一緒に来た人と、別行動中。」

「…あぁ、そっか。」

忘れてるんだね、去年した約束。
白い浴衣をほめてくれることも無くて、余計に惨めだった。振った女の、元カノみたいな女の、浴衣姿なんてどうでもいいって、ちょっと考えれば当たり前のことなのに。ショックを受けている。

「だ、…そっちは?」

「俺も別行動中。隣いい?」

頷かない私の隣に、1人分の距離を空けて大地が腰掛ける。そして、いただきますと手を合わせて、持っていた焼きそばを啜り始めた。
部活のジャージ姿から見るに、練習後かな…と状況を飲み込むために、私もたこ焼きを口に入れて咀嚼した。

「…ねぇ、」

「どうした?」

「たこやき、食べる?」

「いいの?」

「おまけしてくれて、ちょっと食べきれないかもだから…」

「そっか、ありがとな。」


こういうやり取りが、懐かしく思える。なんで私の隣に座ったの?…別れたのに。

「…名前、元気にしてたか?」

「そっちは元気そうだね。」

気まずい空気に耐えかねたのか、大地がした質問は、この場にそぐわない。だって、振った相手に元気かどうか尋ねるなんて、意味がわからない。
大地に振られてから、心の奥の方にずっしりと重い何かが残ったままの私。面倒くさい私と離れられて、生き生きしてるように見える大地。
隣に並んでいるのに、限りなく遠く思えて、苦しい。

「名前は、その…」

「…無理に話そうとしなくてもいいよ。たこやき、残りはあげる。私は、わたしは…彼氏と合流するから。」

やだな、私のこういうところ。
高橋君に告白はされた事実はあっても、付き合ってはいないのに、こうやって大地への当てつけに利用している。大地に恋をするまでは知らなかった自分の醜さを、また一つ知ってしまった。
大地が私の手を取った。熱くて大きな手が触れる。その熱は、どうしようもなくなるくらい焦がれていたものだった。

「彼氏って、誰」

大地の声は、初めて聞く響きを持っていた。
くだけた氷みたいに冷たい、でも何か熱いドロドロとしたものを抑え込んでいるような、そんな感じがした。
この響きを、私はよく知っている。
道宮さんや、清水さんのことを責める時に、私の口から出た言葉は、こんな響きを持っていた。
嫉妬を抑え込んで、努めて冷静に居ようとする時、人の唇は微かに震えるらしい。
私も、大地もそうだった。

「"澤村君"には関係ないよね。」

大地の眉間の皺が緩むのと同じように、手に込められていた力が抜けた。振り払うように手を離して、今にもこぼれ落ちそうな涙に気づかれないように走った。遠ざかっていく喧騒。花火の高鳴りがして、弾ける音が夜空に響いた。花火に背を向けて、逃げるように走る自分は惨めだった。

高橋君にメールをして、先に帰るねと伝えるのも忘れていた。家に帰って、彼からの着信があってから気がついた。謝ったけれど、高橋君にとってあまりいい気はしなかっただろう。
自分ばっかりの、自分のことしか考えられない自分が、嫌いだ。






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