『おはよう、好きだ!!』.




「苗字おはよ!!今日も好きだ!!」

毎朝、一回。挨拶に続いて告げられる愛の言葉は、うちのクラスでは日常と化していて。最初は茶化されていたけれど、今はもう「いつものこと」になってしまっていた。

「名前、もうアレが始まって1ヶ月半経つけど、まだ付き合わないの?」

「…だって、毎朝一方的に言われるだけだし。返事くれとか、言われてない。」

友達に呆れたように言われて、私は後ろめたい気持ちになる。…ほんとうは、あんなに堂々と告白されては、こっちも返事ができないのが本音。

「木兎のこと、去年からずっと好きなんでしょ?もう付き合っちゃいなよ。」

「そうしたいのは山々なの…でも、好きって、そんな簡単に言えないから…!」

あんなに簡単に言えちゃう木兎がおかしいくらいだ。もしかしたら、「私が思う好き」と「木兎が思う好き」は違うんじゃないかって思うくらいで。もし、違う好きだったら…と思うと中々勇気が出ない。

「そんなん言って…木兎の好意に胡座かいてちゃダメだよ。木兎、いちおーバレー部の主将だし、モテるんだから。他の子のモノになっちゃったら遅いんだからね!」

「わかってる…」

そう返事をしたけれど、それは、わかってたつもりになっていただけだった。

突然一週間前から、毎朝の告白がなくなった。かと思えば、木兎が他のクラスの女の子と一緒にいる姿をよく見るようになった。確か、バレー部のマネージャーの子。今までは、そんなに一緒にいる姿は見かけなかったのに…もしかして、と不安になる。
噂では、私を諦めてマネージャーと付き合い始めたんじゃないかと言われていた。
木兎は、好きな人という欲目を抜いてもかっこいいし、マネージャーさんみたいに可愛くて元気な、気心の知れた人との方がお似合いかもしれない。

「あ、木兎…おはよう」

悩みがある時って、学校に行く足が重くなる。今日は家を出る時間がぎりぎりになってしまって、朝練を終えた木兎と、昇降口で鉢合わせてしまった。

「苗字!…お、おはよう!」

ふいっと目を逸らされて、あぁ、もう木兎は私のことを好きじゃないんだと痛感する。背中を向けて、先に歩いて行ってしまった木兎に、寂しさを感じるなんて、私は自分勝手だ。

「…あれ、?」

上靴に手を伸ばすと、くしゃ、と紙のようなものを掴んだ。出してみると、ルーズリーフの切れ端に、規則正しい文字が並ぶ。放課後、教室にいてください。お伝えしたいことがあります…なんて、告白でもされるみたいな。
もし、告白だったら。付き合ってみてもいいかもしれない。もう、木兎には失恋しちゃったんだから。



放課後に、言われたとおりに教室に残っていると、意外と部活生の声が聞こえるものだと思った。
バレー部も、今頃練習してるんだろうな。…きっと木兎も。バレーしてる木兎、かっこよかったな。全校応援のときに、好きになっちゃったんだっけ。
…まだ、好きでいたいのに。

「苗字?」

聞こえるはずのない声が、聞こえて。そんなはずが無いと音の先に目を向ければ…嘘でしょ?

「…あの手紙って、木兎だったの?」

「手紙は、知らないけど…なんで居るの?」

「ここに居てくださいって言われて…」

「告白?」

空気がピリ、として。私はなんとなく怯んでしまう。

「わかんない、けど…」

「オッケーすんの?」

なんで、そんなこと聞くの?木兎には、関係ないのに。

「…木兎には関係ないじゃん。」

「ある!だって俺苗字のこと好きだし!!」

「嘘でしょ、それ」

「嘘じゃない!!」

「最近、よく女の子と一緒にいるじゃん!…他に好きな子出来たんでしょ?」

嫉妬なんかする立場じゃないのに、何でこんな責めるみたいに行っちゃうんだろう。別に、私と木兎は付き合っても無い。私が木兎からの好意に甘えていたせいなのに。木兎が誰を好きになろうが、自由なはずなのに。

「それに、好きってあんな風に軽く言えるものじゃないよ…私だって、言いたくても言えなかった!木兎のことがとっくに好きで、大好きで、誰にも渡したくないって…言えなかったっ!」

言ってるうちに、泣きたくなってくる。こんな情けない言い方で、恥ずかしくて、目頭が熱くて、消えてしまいたい。

「…苗字、俺のこと好きなの?」

木兎が、目を見開いて静かに言った。信じられな事と出会ったみたいに。

「ねぇ、苗字聞いて。何も言わなくていいから。」

木兎が私の両肩に手を置いて、まっすぐに見つめる。明るい色の瞳は、私を離してくれない。やだ、聞きたくない。でも、木兎が何を言うのか、知りたい。
木兎の言葉を待ちながら、私は矛盾した気持ちにどうしたらいいかわからなくなってしまう。

「俺、毎朝緊張してた。…今も。」

突然抱きしめられて、厚い胸板に顔が密着する。ドッドッド…と鼓動が振動として伝わってきて、さらに早まっていく。

「簡単じゃねーよ。好きって言うの。でも、苗字が俺のこと好きになってくれたら、ぜってぇ楽しいって。そんな毎日がほしくて、好きって言ってた。」

こんな小さく呟くように、言葉の一つ一つを少し躊躇うように話す木兎なんて知らない。

「俺、苗字のことが好きだ。苗字との楽しいを俺にちょーだい?」

なんだか堪らなくなって、木兎の背中に腕を回した。
驚いたのか、少し跳ねた体が可笑しくて、愛しい。

「…私、そんなに面白いこととか言えないよ?」

「苗字の授業中の寝顔とかおもしれーから大丈夫!!」

「ばっ、!?…見ないでよ!!」

「好きな子はずっと見てたいから無理!!」

「…ばかっ!」

「よく言われる!!」

キーンコーンカーン…と、チャイムの音が鳴って、時計に目を向ける。今は放課後だけれど、梟谷のチャイムは完全下校の時間まで規則正しく、一時間ごとに鳴る。

「待って、木兎部活は!?」

「あかーしに良い加減当たって砕けて調子戻してくださいって言われた!から、大丈夫!当たって砕けてくっついたってほーこくしてくるな!!」

あかーし…って、赤葦君?
木兎の言ったことはよくわからないけれど、ジャージの袖口を掴んで、少しだけ引き留める。

「…帰り、待ってるから頑張ってきて。」

赤葦君にお礼を言わないといけない。あと、ちょっとの謝罪も。
木兎は嬉しそうにくしゃっと笑って、近くにいるのに大きな声で、いってくる!!と言った。



パチパチパチパチ……
完全下校の時間になって、バレー部が活動している体育館に行くと、なぜか拍手で迎えられた。

「あの、どういうこと…?」

一番近くにいた小見君に尋ねると、「バレー部なりの歓迎」と短く告げられて、更に困惑した。

「木兎さんがいつもすみません。その…毎朝告白していると聞いて、俺が「それって迷惑なんじゃないですか?」って言ってしまって…。」

「ここ一週間、しょぼくれて大変だったんだ。うちのマネちゃん達とか、俺らもだけど…休み時間とか様子見て励ましてたんだよな。…でも、中々復活しなくてさ。苗字が付き合ってくれたみたいで、やっと完全復活。ありがとなーってこと。」

赤葦君と木葉君が、説明してくれたけれど、それでもよくわからない。もう私は理解しようとするのをやめた。

「靴箱に、手紙入れたのも俺です。…木兎さんに教室行かせたのも。」

赤葦君からは、もう一度「ご迷惑おかけしてすみませんでした。」と謝られてしまった。
当の木兎は、「何!?苗字迎えきてくれたの!?」と嬉しそうにしていて。バレー部の皆さんの苦労と、謎の気恥ずかさを感じたのだった。







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