『離れないで』.




「勝己くーん…」

彼此、15分以上。勝己君は、私の胸元に顔を埋めたまま。信じられない人がいるかも知れないから、もう一度言う。15分以上、爆殺卿神ダイナマイトが、私の胸元に顔を埋めている。

「そろそろ、ご飯の準備がしたいなあ…?」

「まだ腹減ってねえ。」

「さっき思いっきりお腹鳴らしたの誰だっけ!?」

仕事から帰宅後、手洗いうがいを済ませてすぐにこうなった。勝己君は代謝が良いから、仕事から帰ったらお腹が空いているのはいつものこと。今日も、5分ほど前に勢いよくお腹の音が鳴った。
もう、どういうこと!?供給が過多過ぎて…どうにかなっちゃうよ私!?

「まず、このおっぱい枕状態なのが可愛い!そして、お腹鳴らした時も可愛かったのに!嘘までついて離れたいのが可愛い!!もうあざといよ勝己君!!」

感情をぶち撒ければ、必然的に息が荒くなる。
息を整えながら、勝己君が「きめぇ」と一言発するのを待ってみるけれど…うんともすんとも言わない。

「勝己くーん、ちょっとだけ離れてぇ…」

「お前は、」

「はい。」

勝己君が軽く顔をあげて、赤い目を覗かせた。
普段は絶対にしてくれない上目遣いがレアすぎて、カメラを起動しようと手を上げると、がしりと掴まれて。なんでぇ!?

「…お前は、俺が離れてもいいんか。」

「んんっ…!?」

お前は、俺が離れてもいいんか?

「だめです!!!!」

勝己君無しじゃ生きていけない!毎日の活力と、エネルギーと、やる気と元気がなくなっちゃう!!
毎朝勝己君のブロマイドを見て、SNSの更新にいいねを押して、こっそり盗撮して…そんな毎日のルーティーンが無くなってしまうのは無理だ。

「勝手に離れたら、許さねぇ」

そう呟いて、勝己君はまた私の胸に顔を埋めた。
数秒したら、スピー…と寝息が聞こえてきた。まじか。
もう拉致が開かなそうだ。開かなくてもいいんだけど、このままだと、生活に支障が出てしまう。
しょうがないので、スマホに手を伸ばし、ある人に電話をかける。私よりも、ひょっとしたら勝己君よりもずっとずっと勝己君に詳しい人物に。

『はい、もしもし!』

「あ、緑谷君?もしもーし。あのね、聞きたいことがあるんだけど…」

『苗字さんが?珍しいね。もしかして、かっちゃんのこと?』

「うん。勝己君が、なんか様子がおかしくて。」

『あーー…あはは、そうかもね。うん。』

緑谷君が苦笑いを零して、これは僕が言ったってこと内緒にして欲しいんだけど…と前置きをした。


事件は、今日の昼に遡る。
緑谷君曰く、プロヒーローになっても訓練や鍛錬は欠かせないもの。非常事態に備えた訓練は行われる。
しかし、学生とは違って、プロはそれがゲリラで行われるらしい。
事前通達をするような敵は、いないから。

『今回は、かっちゃんが対象でね。その設定が…身近な人が人質になった上に、あと一歩のところで殺される状況下での市民の救出っていうものだったんだ。』

「え、それって…」

『幻を見せたりとか、そういう個性もあるから。結構リアルだったみたい。勿論かっちゃんは仮想敵を倒して、苗字さんも市民も助けたけど…その、幻術系の個性の人が結構やりすぎちゃったらしくて。』

「やりすぎたって、どういうこと?」

『苗字さんが、結構凄惨な感じに…』

「うわぁ…」

何も知らない私がめちゃくちゃ平和に過ごしていた時に、どっかで凄惨な姿になっていたらしい。
凄惨ってどんな…??いや、考えるのやめとこ!!

『僕ね、かっちゃんのあんな顔を初めて見た。』

かっちゃんを、よろしくね。
そう緑谷君に言われ、よくわからないけれど涙が出そうになる。
きっと、この言葉には沢山の意味が込められてて、複雑で、でも想いはシンプルで。

電話を切った後に、勝己君の硬い髪をそっと撫でた。

私は、このヒーローの弱点になりかねない存在で。
そのことに歪んだ優越感を感じてしまう私もいるし、本当にこの人の隣に居ていいのかと揺らぐ私もいる。
でも、そんな理由で離れるには、私たちは大事なものを積み重ねすぎてしまった。

「勝己君、」

薄らと開いた瞼に、そっとキスをする。
勝己君の瞬きが、唇にくすぐったかった。

「…居るな。」
「うん、ここに居るよ。」

背中に回されていた腕に、わずかに力が込められる。 
私も同じように力を込めて抱きしめて…その内腕が疲れてしまって。あやすように、勝己君の背中をぽんぽんと叩いた。

「ガキかよ、」

「お腹なってるよ、かっちゃん?」

遠回しに、今の勝己君の方が子どもっぽいと馬鹿にすれば、軽く睨まれた。
勝己君は、私が緑谷君の真似をするのを心底嫌がる。

「ごはんの準備してもいい?」

「今日は出前。」

「まだ準備してないからいいけど…新しく買った調味料、使いたかったなぁ」

私が恨み節でそう言えば、勝己君はぐりぐりと頭を動かす。そのあざとい動きに、絆されてしまうのがなんだか可笑しい。

「あと10分。」

「なにがー?」

「このまま、」

勝己君は、掠れた甘い声で私に手を伸ばした。
こうすれば私が離れられないのを、よくわかっている。
大丈夫、私はどこにも行かない。勝己君のいないところに行ったって、意味がない。

「甘えたさんだね。」

私も、勝己君も。






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