『元カノ?いいえ、今カノです』.




仕事が終わって、帰る夜は蒸し暑い。
どうにか涼を得ることができないかと、パタパタと手のひらで仰いでみるけれど、当然風が吹くわけもなく。
今日は華金。これは飲むしかない!と、居酒屋の暖簾をくぐった。

「くーっ…優勝…!!」

夏のビールは、どの季節よりも美味しく感じる。
確かビールは国によって好まれる味が違うと聞いた。湿度とか気温とかによって求められる味が違うらしい。

「いい飲みっぷりっすね。」

カウンター席で女性が一人で飲むのは珍しい。
声をかけられることもそれなりにあるし、あしらうのも慣れた。
でも、今回は少し違った。聞き覚えのある声。

「ありがとうございます…あの、もしかしてなんですけど、ダテコーの、バレー部でした?」

勘違いだったらごめんなさい、と続けようとしたけれど、それは相手の声で遮られた。

「え!?なんで知ってんの!?」

「あ、やっぱり!?鎌先さんですよね、あの、苗字です。覚えてますか?」

「っお、あぁ!!二口の!!」

元カノ!!と大きな声で言われて頭を抱える。
すみません、確かに元カノでしたが、今カノでもあるんです…!

「色々話してぇけど…とりあえず、乾杯!!」

がち、と鈍いグラスの音が響いて、鎌先さんはビールを一気に飲み干した。
この人飲みっぷりいいなぁ…と、ときめいてしまう。
元々私は、堅治みたいな整ったイケメンよりも、鎌先さんみたいな精悍な顔立ちが好みだったりする。

「苗字さん、めっちゃ綺麗になってっから気付かなかったわ、悪いな。」

「いやいや…ほんと、お世辞がお上手で…」

「素直に受け取れよ、ほんとなんだから。二口も、今の苗字さん見たら後悔するんじゃね?逃した魚はなんとやら…ってよ!」

言うべきか、言わないべきか…。
堅治とヨリを戻したことは、青根くらいしか知らない。
堅治は言いふらすようなタイプでは無いし、復縁ということもあり、あまり知られたく無いのかもしれない。
とりあえず、ニコニコして相槌を打っとくことにした。

「二口のやつ、未練たらったらでよ。いつまでも凹んでっから、別れたの成人したばっかだったろ?俺が呑みに連れてったんだよ。」

堅治の話になって、ちょっと気持ちが浮つく。
私が知らない堅治を、知りたい。

「そんな、凹むタイプですかね?二口くん。」

「あいつは結構な天邪鬼だからな。平気なふりは上手いけど…」

そう言いながら、鎌先さんがスマホをいじる。
スクロールする指先には、堅治が映っていた。

「これ、失恋二口。」

カシオレみたいなカクテルを片手に、突っ伏している堅治。再生ボタンを鎌先さんがクリックすると、僅かに顔をあげた。

『なんすか、鎌先さん…俺のこと笑ってるでしょ?俺はぁ、本気だったんすよ?ほーんーき!俺より良い男とか、そーそー居ねえから…誰だよ、好きなやつって……殺す。』

再生停止のマークの先の堅治は、恨めしそうな顔をしている。

「セリフが可愛くない…」

「その割に、苗字さんめちゃくちゃ顔赤いぜ?」

頭を抱えた私を、鎌先さんは揶揄う。
煽るような顔は、堅治を思い出させた。堅治の挑発顔は、この先輩から来ているのかもしれない。

火照る頬を覚ますために、二杯目はモヒートを注文した。思ったよりすぐに来て、細かい氷を崩しながら混ぜに集中していると…。

「お、もしもしー。おお、今仕事?あ、終わってんの。じゃあ来いよ。…は?嫌って?苗字さん居るけど、いいんだな?…わぁったって!キレんな!」

「待って、えっ、鎌先さん!?」

「二口、車かっ飛ばして来るって!」

やってくれた…この先輩…!!
やけ酒だ。今夜はやけ酒だ。
絶対堅治には怒られるのは目に見えてるし、でも車で来てくれるらしいし!!
一気にモヒートを飲み干して、三杯目のメニューを選ぶことにした。



「いらっしゃいませー、1名様ですか?ご予約は…」

「あぁ、ツレがいるんで迎えに。すみません。」

本当に来るのは早かった。
すぐ背後に堅治は居て、その圧に振り返れない。

「二口、早かったな!ほら、こっち、苗字さん。」

「鎌先さん、ご丁寧にどうも。名前がお世話になりました。…おい。」

「…はい。」

「あぶねーから一人飲みすんなって言ったよな?」

「…はい。」

「飲みたい時は俺に言うって言ってたのは誰だっけ?」

「私です…」

反省は?と、圧をかけられて、してますとも!と勢いよく答えると手刀を落とされた。

「あれ、2人…仲いーな?」

「付き合ってるんで。」

「はっ!?お前いつの間に!!」

「彼女居ない歴=年齢な鎌先さんにはわかんないかもですけど、男女はくっついたり離れたりを繰り返すもんなんすよ。…ほら、名前それ飲んだら帰るぞ。」

言われた通り飲み干して、席を立つ。
一気に飲んだせいかふらついた私の肩を抱いて、堅治は財布を開いた。
自分で出すから…と私も鞄を漁ると、鎌先さんが「俺の奢りだ!今度話聞かせろ!!」と、なんとも男らしい一言をくれた。

居酒屋を後にして車に乗り込めば、いきなりキスをされた。軽いものだったけれど、離れる時に軽く唇を噛まれた。

「まじて何してんだよ、鎌先さんとゴリラにだけは着いていくなって言ってんだろ…」

「偶然居合わせたから、ついてってない。」

「そこじゃねーんだわ。…余計なこと聞いてねーよな?」

「安心して。堅治より良い男はどこにも居ないし、私も本気で堅治と付き合ってるから。」

身に覚えがある言葉だったようだ。きっと鎌先さんにあの動画を手に何度もいじられてるんだろう。
堅治は大きく舌打ちをして、脱力したように溜息を吐いた。
そんな態度をとりながらも、耳は赤くて。
あの動画の堅治を思い出して笑ってしまった。









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