俺のおひめさま fin.
テストが終わり、バレー部も部活が始まったと、国見君がかったるそうに教えてくれた。
「…名字さん、及川さんとはどうなんですか。」
「っ!!?何か聞いたの!!?」
「いや、そんな大袈裟に反応されると困るんですけど…別に聞いて無いですよ。ただ、オーラが鬱陶しいだけで。」
部活中はいつも通り集中力の塊のくせに、休憩とか着替えの時に浮かれてて…と、国見君がため息を吐く。
「部活んときは絶好調だし…まぁ、ほっとこうと思ってて。俺とか先輩達は、スルーできるんですけど、俺と同じ一年のやつが気にするんでそれも面倒くさいんですよ。」
「なんか、苦労してるんだね…?」
「で、付き合ったんですか?」
「まぁ…なんていうか…」
「ふーん…」
言葉を濁す私に、国見君は少しにやっとしながらも、流してくれた。
「あの、今日も見に行ってもいいかな?練習…邪魔にならない?」
「いつも誰かしら見てるんで、大丈夫ですよ。」
ありがたく、選手からの了承をいただいたので、図書室で勉強をしながら時間が過ぎるのを待つ。 そろそろ、自主練の時間だろうか…というところで、体育館に向かった。 バレーボールは、意外と見ていると楽しい。 及川は、そう思わせてくれるような、なんていうか華があるんだと思う。スパイカーを立てながらも、司令塔としての華があるんだと…そんなことを思いながら、いつか大きな舞台に立つ及川を見れたら…と、想いを馳せた。
「ごめん、名字ちゃんおまたせ!」
「自主練まで、おつかれ。」
ドリンクを渡すと、やった!ありがとう!!と及川の顔が綻ぶ。勢いよく蓋を開けて、そのまま形の良い喉仏が上下するのを眺めて、なんだかCMでも見てる気分になった。
「帰ろっか。」
当たり前みたいに、そうすることが自然みたいに、及川が私の手を取る。私はまだそれに慣れなくて、繋ぐたびにどぎまぎしちゃうのに。
「…及川さん困っちゃう。」
「困る…って、なんで?」
「名字ちゃんが、手繋いだだけでそんな可愛い反応するから。」
「っ、ばかじゃん、及川のばか!」
あーもう、またやってしまった。 この言葉にも慣れないで、憎まれ口をたたいてしまう。でもそんな私を見て、及川は嬉しそうに繋いだ手をぶんぶんと振り回すから、それに釣られて私の体も大きく揺れる。
「好きだなー、ほんと…」
「ねぇ…ちょっと、もう容量オーバーだから…!」
「噛みしめてんの。名字ちゃんとこうやって出来んのをさ。」
だから言わせて?と及川は、強請るのが上手だ。 本人に聞くところによると、末っ子だからかなと笑っていた。少し歳の離れたお姉さんがいるらしい。
「…今日、国見君に付き合ってるのかって聞かれた。」
「ふーん、名字ちゃんはなんて答えたの?」
「ぼかしたから…」
「…付き合ってるって言ってくれていいのに。」
この男は、よくもこんなことが言えたものだ。 少し意地悪がしてやりたくなって、繋いだ手に爪を立てる。
「付き合ってくれないの、及川の方なのに?」
「…うぐ、」
手も繋ぐし、他の男子よりも一人分近い距離にいる。 私も及川を好きだと言って、気持ちは通じ合っているけれど、及川は決定的な言葉をくれない。 私から言おうとすれば、俺から言いたいからダメなんて言う癖に。
「ねぇ、及川。」
その理由はわかってる。遠く離れてしまうことはわかりきっているし、及川がそう簡単に帰ってこないんだろうななんて予想もついているから。
「離れるのがわかってても、私は及川と恋人になりたい。」
「…名字に、これから先いっぱい寂しい思いさせるかもしれないのに?」
及川の手が、緩む。 解けてしまいそうな二人の手を、解けないように、私は両手で包んだ。
「及川も寂しいなって思ってくれるならいいじゃん。お互いさまだよ。」
「帰ってこないかもしれない。」
「そしたら迎えにいくよ。」
「…でも、」
「及川、童話とか読んだことある?」
唐突に言った私に、及川は目を丸めた。 少し背伸びをして、及川と視線を合わせる。 ねぇ、余計なこと考えるよりも私を見て?
「私、こんなガサツだし、あんま女の子らしいとは言われてこなかったんだけどさ。結構お姫様がでるお話が好きなんだよね。」
王子様が迎えに来て、幸せになる話。 小さい頃、誰もが憧れるようなそれは、今でも素敵な話だと思う。
「でもさ、そういうお話の王子様って…大体来るの遅いじゃん。シンデレラも、白雪姫も。」
「言われてみれば、そうだね。」
「でしょ?それでも、女の子の憧れになってる。…結局、迎えに来るのが遅くたって最後がハッピーエンドだったら良いってことだよ。」
そう思わない?と尋ねると、及川は空いた手を私の背中に回して、ぎゅっと抱きしめた。ジャージを借りた時に香った柔軟剤の匂いに包まれて、思わず鼓動が高鳴った。
「うわっ!?な、っなに?」
「名字のこと、やっぱ好きだなって思って。」
ねぇ、言ってもいい?と、及川が私に囁いた。 体を少し離して及川を見れば、少し緊張した面持ちで、息を吸って、吐いて。 まっすぐな瞳が私を捉えた。
「好きです。絶対最後に幸せにする。…俺と付き合ってください。」
「…はい。」
及川があまりにも嬉しそうに笑うから、私も釣られて笑ってしまう。 及川が、私の頬にキスをして。 驚いて体を離そうとすれば、許さないとでも言うように強く抱きしめられた。
互いの体温が馴染んで、どちらからともなく自然に離れると、またさっきみたいに手を繋ぐ。 当たり前みたいに、そうすることが自然みたいに。 この手が、この隣にいる距離がいつかもっと馴染むといい。
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