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「…名字のこと、好き…です。俺と付き合ってくれませんか?」
告白されたのなんて、初めてだった。 生まれてこの方、18年。 幼少期から小学生にかけては、常に半袖半ズボンで。 中学では部活に励みまくり。運動の邪魔だからとバッサリとベリーショートまで髪を切って、親に「あんた…それはスポーツ刈りなの?ツーブロックってやつなの?」と引かれる始末。 高校では、心機一転、恋でもしたいし…と女の子らしくしようと決めたものの、うまく取り繕えずに、生来のガサツさや雑さのせいで、次第に女子扱いなんてされなくなっていた。
クラスの男子。あまり話したことは無いけれど、以前私が体育で怪我をした際に、保健室に付き添ってくれたっけ。 珍しく丁寧に扱われたから、覚えている。 その時に少し、いいなとか思ったのも。
「…えっと、少し考えても、いいかな、」
うわー…少女漫画っぽい。 わかった、という彼の背中を見つめて正直浮かれた。
のが、昼休みのこと。 放課後に、忘れ物を取りに教室に戻った。 無事忘れ物を手にして、帰ろうと廊下を歩いていた時だった。
「名字にマジで告った!?」
「うわー、お前やるなぁ!!」
会話に出た自分の名前に、足を止める。 きっと、私に告白した彼がいるんだろう。
「やれっつったのお前らだろ!」
「いや、まじでやるとは思わねぇだろっ!」
…あ、これ、聞かない方がいいやつだ。 そう思っても、もう遅い。
「罰ゲームって言ってたべや!」
…そういうことか。 私への告白が罰にあたるんだということもショックだけれど、少しでもいいなと思っていた人に、罰ゲームで告白をされたということがショックだった。
あー、やばい。ちょっとでも気を抜いたら泣きそう。 上を向いて、溢れそうな涙を堪える。 早く、帰ってくれないかな。私、歩くの早いし、絶対追いついちゃう。 足を止めて、パタパタと目元を手で仰いでいると、賑やかな集団が、突然静かになった。
「お、及川…」
「やっほ、おつかれ。」
及川、あぁ、及川が来たのか。 先程まで盛り上がっていた内容が後ろめたいのか、彼らは、おつかれー…とテンションを落として返事をする。すれ違うであろうタイミングで及川が、彼らに待ったをかけた。
「…なんだよ?」
「ちょっと聞こえたんだけど。」
声だけでも、伝わる威圧感。
「…罰ゲームとか、半端な気持ちで名字にちょっかいかけないでくれる?」
「聞いてたのか…まぁ、フツーの女子だったら悪いけどさ、名字もネタと思ってるだろーし」
「だーかーら、やめろって。そんな悪趣味なことすんのさ。名字だって、フツーの女の子と変わんないだろ。」
ピリ、とした空気に、及川はいつもの調子で明るく、わかったら行った行った!と男子たちを追い払った。
「ったく…。」
ため息とまじって近づく足音、やばい!聞いてたのがバレる!と慌てるけれど、それも遅い。 角を曲がろうとした及川と目があって、固まるしかなくなった。
「…名字ちゃん?」
「おいかわ…」
「もしかして…さっきの聞いてた?」
「…うん、ごめんね。」
何に対してかわからないけれど、取り敢えず謝っておくと、及川はまた一層深くため息を吐いた。
「…えっと、その、名字ちゃんが気にすること無いから!アイツらが馬鹿なだけだし!名字ちゃんは、ほんと…」
「大丈夫だよ。…私が告られるなんて、変だと思ったんだよね。私なんかを好き、とかありえないし!!」
だから気にしないで!と、口角を上げる。 そうだよ。そもそも、そんなにモテる方じゃないし、可愛いとか、そんな訳ない。 ガサツで、女の子らしさなんてなくて、いじられる方で。それが私だ。
「ほんとに、そう思ってるの?」
「え、だって、そうでしょ?」
及川がまたため息をつく。やっぱり色男だから、ため息をつくのも様になるな…なんて思っていると、及川が私の髪を一束掬った。 近づいた距離、触れられた毛先。 明るい色の瞳に捉えられて、動けなくなる。
「俺、名字のこと好きなんだけど。」
「っ…はぁ?!」
なにコレ!?今度はドッキリか?もしくは、また罰ゲーム?
「ありえないでしょ!!」
「言っとくけど、本気だから。」
ふわっと、いつもの優男フェイスで…不敵な笑みを浮かべながら、及川は持っていた毛束を私の耳にかけた。 かすかに耳に触れた指先のせいで、耳に、頬にぶわっと血流が集まる。
「アイツらの馬鹿みたいな行いよりも、俺のことで頭いっぱいにして。俺のことだけ考えてよ。」
「…待っ、えっと、あのっ!…その…」
ドラマとか少女漫画みたいな歯の浮く台詞に、口籠るしかない私の頭を撫でる及川は、女慣れしてる。 こっちは免疫なんて一個もないんだけど!!?
「俺のこと、ちゃんと考えて。…そんで、答えちょうだい。待ってるから。」
…さ、部活行かないと!と笑って、行ってしまう背中に対して、私はその場で力を失い、膝から崩れてしまうのだった。
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