メロディ.




記念日が近づいている。
ウキウキとした気分で指折り待っていた時期とは違う、試験の日にちが近づいとるような気分。
待ち受け画面に表示された通知を非表示にしてみたり、着信履歴を確認して顔を顰めてみたり。

…わざわざ会いに来んでええのに、

そう思ってしまうくらいには会いたくない。
もう好きじゃない相手に会う事で私の時間を潰してしまうよりも、今好きな相手に会いたい。

「…泊まっといたらよかった、」

口から零れたのは出し惜しみした本音。
最初の晩以来、泊まらないようにしてるのは身体だけの関係になりなくないから。
きっと次に終電を逃したら、次に泊まることになったら…私と角名は一線を超えてしまう。身体から始まる恋も、恋の一つの形だと思うけれどーーキスとかそういうのはきちんとケジメをつけてからにしたい。


「…ごめん、待たせてもうた?」

「うん。」

全然待ってないよとか、そんな可愛い事言えない。
遠距離で彼女を蔑ろにするやつなんかに今更そんなサービスしてやる気もない。

彼氏とは、今日はカフェでランチをする予定だ。映画でもどうかな?と尋ねられたけれど、それもいーかもね、という曖昧な返事を返しておいた。ディナーにしなかったのは、もう夜を過ごすことは無いから。

当たり障りの無い会話をして、ランチプレートを端の方からつついて、食べ終えた頃。

「話があるんやけど」

デザートが運ばれてくる前に切り出した。

「なに、どうしたん?」

「別れよ」

「なんで?」

なんでって、聞かなくてもわかるもんやろ。あんたのことが好きじゃなくなったからに決まっとる。

「遠距離、向いてないみたいやし」

お互い、もう気持ちは冷めてるやん?と続けると、笑われた。

「…せやな」

「なにわろてんの?」

「何年付き合っても割とあっさり終わるもんやなと思って」

幕を引き始めたのは、あんたやろ。
何があっさり終わるもんやな、や。
こっちは風化はしてしまったけれど、蓄積されていた怒りとか寂しさが確かにあった。
その事さえ知らんと、よう言えるなと一気に気持ちが白ける。

「連絡先、今すぐ消すわ。そっちも消して。」

「なんで?」

「あんた、都合のいい時だけ連絡してきそうやし…別れた男と連絡取れるほど私も暇ちゃうから。」

そっちも、私と連絡するほど暇ちゃうやろ?と目の前で連絡先をブロックして消した。
自分の分の会計はしっかりテーブルの上に置いて。

「ありがとう、」

きっと相手は今までありがとうの意で受け取るんやろうけど、込めた意味は違う。
『あんたのお陰で角名への気持ちを見つけられたからありがとう』っていう意味。

店から出た後に、デザートを食べておけばよかったとだけ、少し後悔した。



角名に会いたいけれど、連絡はつかなかった。まぁ、昼間やし忙しいんやろと思って夕方まで時間を潰すために、一人カラオケをすることにした。
割と最近のカラオケはスイーツも充実している。いくつか頼んでみて、そういえば、カラオケで何か食べ物を頼むのは久しぶりやなと思った。

デンモクをいじりながら、そういえば高校の時に部活の面子で来た時以来…と思い出す。

部活を引退して、卒業間近の時だったと思う。受験も終わっていた、私と銀、角名。侑と治の5人で行ったカラオケ。
侑と治がプリキュアの初代のオープニングを、銀が妖怪体操を歌ったりとか…そんなふざけた時間が楽しかった。
懐かしい思い出を反芻しながら、何気なく予約履歴を開くと。

「…角名が歌ってたやつ、」

履歴の一つに目が留まった。
それは、当時は今ほど流行ってはいなかったバンドの曲。卒業間際に、伝えられなかった想いを呟くような歌詞が印象的だったからよく覚えている。

最初のうちはこういうの歌うんやな、と意外に思って。隣に座る角名の視線が私の方を向いた時に、心臓が跳ねた。
そして、切なげな声が紡ぐメロディの中、椅子の上にある手と手が…微かに触れて。

なんとなく、あの時は角名が女子の中でも私に心を開いてくれている感じはしていた。
でも、私には彼氏が居たし、お互いにただ馬が合う友達だと認識していた。

角名に好意を…恋愛感情を向けられているのかもしれないと、初めてそう思ったのは、このカラオケでの出来事だった。

「…今、」

今、角名は私の事をどう思ってるんやろ。
角名に会いたくなって、出来れば私の気持ちを伝えたくて。居ても立っても居られずに着信を鳴らす。
コール音は、2回目で途切れた。

「は〜い、もしもし?」

耳慣れない高い声に、画面を確認するけれど表示されているのは角名の連絡先。

「…え、角名?」

「あ、ごめんなさいっ!今、倫さん手が離せなくって!」

「そ、うですか、」

「よろしければ伝言しますよ?」

「いや、…大丈夫です」

相手が何かを言う前に、通話終了のボタンを押した。
休日の昼さがり。下の名前で呼ぶような、電話に代わりに出られるような間柄。
声の背景に、街の雑踏のようなものは聞こえなかった。

内定選手である角名には、早くもファンが付いていて、SNSで検索をかけたら角名のファンの人の呟きが見れる。
その中にはバレー以外のものもあって。
『女慣れしていて、遊ぶのが上手い』『お持ち帰りされた』みたいな…そんな書き込みがあった。

それをそんな訳ないやろと、鼻で笑っていた私がいたけれど、もう笑えない。

「…私も、遊びの一環やったんかな」

セックスはしないけれど、添い寝する。
女友達よりかは少し上で、セフレより下。恋人なんかには到底及ばない。

「アホやな、自惚れて」

自嘲気味に笑いながらも、隣の部屋から聞こえる、有名な失恋ソングのイントロが刺さった。







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