タイミング.




今日は、苗字の来る日。
映画なんて借りてみたり、ちょっと掃除したり。
いつも苗字が来る日は浮かれて、気持ちが忙しない。
そろそろかな、と時計を見ようとスマホの電源ボタンを押すとタイミングよくLINE。

苗字名前:今から家出るー

今日は遅めだな…と思いながら了解と返し、家を出た。
あいつの最寄りで待とうと思って。
一駅しか変わらないけれど、一駅分早く会いたい。

「あれ、角名?」

「買い物ついでに迎えきた。飯まだでしょ?なんか買って帰ろ」

「角名のおごり?」

ちゃっかりしている。
別に奢りでいいけどさ、と言いながら苗字の手を取ると、抵抗は無く、そのまま手が繋がれた。

「デートみたいだね」

「…っ、せやな」

こうやって手をとることが当たり前になればいい。
遠くの彼氏なんかより、俺の手の方が馴染むように指を絡める。
夕食の買い出しだけじゃなくて、朝から夜までずっと隣にいる一日がほしい。手を繋いでそこらのカップルみたいに、寄り添って。

家について、買ったものを広げる。
まるで同棲でもしてるみたいに、苗字の皿を出す手は慣れていた。もう、俺とおんなじくらいに、この家のことを把握している。

「ねぇ、苗字」

「なに?」

「ここ、くれば?」

自分の足の間を指差すと、アホなん?と返ってきた。
食べにくいやんか、って言葉に普通に納得する。
そりゃそうだ。

「食べ終わってから、くっつかせて?」

「どーぞ、好きなだけ。」



ベッドに横になって、苗字に腕を貸す。
彼氏は腕枕したら重いの耐えてる感じするけど、角名はやっぱスポーツマンやから安定やな、だって。
まぁ、鍛えてるし…てか、好きな女のためなら余裕でしょ。

「角名、ぎゅってして?」

幾らでもしてやるよ。
望み通り、強く抱きしめる。苦しいって言うけど、これでも大分手加減してる方だ。
柔らかいくせに、細っこくて。きっと加減を知らない馬鹿なら壊してしまう。

「…ねぇ、角名〜」

「なーに?」

「もうすぐ、記念日なんやけどさ」

何の?なんて聞かなくてもわかる。
苗字と彼氏が付き合い始めた日付が近づいているから。俺が失恋した日付と同じあの日が。

「…それで、どーしたの?」

「彼氏が会いに来るんやって」

毎月彼氏が、記念日はきちんとLINEをくれると聞いていた。流石に周年の記念日には会いにくるらしい。
舞い上がっていた気持ちが、ベッドに沈んでいくような気がした。
何?だからもう会わないとか言われんの?

「会いに来ても…アイツは、また遠くに行くでしょ?どうせ、苗字に寂しい想いさせるんだからさ」

ーー俺にしとけよ、とは言えずに苗字の言葉を待つ。
苗字は、しがみつくように俺の背中に手を回して言った。

「うん、せやね。…もし、また寂しくなったら角名んとこ、来てもええ?」

「いいよ」

苗字の頭に触れて、髪を撫ぜながら応える。
あーあ、本当に不毛な関係だ。
鼻腔をくすぐる甘い香りを、このまま腕の中に閉じ込めてしまいたい。
そんで、お前を放っておいてるアイツなんかと会うなと、俺を選べと言えたらいいのに。

タイミングが悪い。
大体恋愛って言うのは、先に惚れた方の負けだ。
そりゃそうだ、相手が好きになってくれるまで片思いに過ぎないんだから。

「…今日、もう泊まっていけば?」

「あかんよ、付き合ってないし」

「なんで?最初の夜は泊まってったじゃん。…一度や二度、別に変わるもんじゃないでしょ。」

「それは…」

「違う?」

「違わんけどっ、」

きっと、あと一押しだとは思う。
それでも、苗字のバツの悪い顔を見たら、なんだか甘やかしたくなってしまう。
追い詰めてイエスと言わせることは諦めて、柔らかく笑ってみる。

「…ばーか、冗談だよ。」

「冗談…?」

「泊まんなくてもいーから。今日、苗字の最寄りまで送らせて。」

それならいいでしょ?と、我ながら狡い聞き方をする。
苗字がこくりと頷いたのを確認して、またぎゅっと抱きしめた。






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