ガム.




距離って、どうしようも無い。
がんばれば会いにいけるけど、その頑張るっていうハードルが、会わないほど高くなる。
相手に何かムカついても、寂しくっても、端末越しでそれを伝えたら何か揉めてしまいそうで。
我慢しているうちに、その気持ちは蓄積されたまま風化していって、その内。
ーー相手のことがどうでも良くなる。

「…向こうもきっと同じやな」

LINEで送ったおはように返事はないまま、夕暮れを迎える。その癖に、夜にはまだ小学生でも起きているような時間帯におやすみと送られてくるのだ。

インスタを開くと、大学の友達と楽しそうに笑っている彼が見れる。高校の時までは、左隣は私のポジションだったのに、他の女が居って。
最初はそれに目くじらを立てていた。
今はもう、楽しそうやねという嫌味を独り言として呟くだけ。

だらだらと付き合い続けてしまうのは、味がしないガムを吐き出さない時の理由と一緒。
紙が無いから?いや、惰性があるから。


先日行った飲み会の写真をスクロールしながら、ほうっと溜息を吐いた。
久しぶりに会ったチームメイト達との会は楽しくて、高校の時に戻ったような気分を味わえた。

「…彼氏とは続いてんの?」

浮かれた気分に、冷や水をかけられたような気持ちになった。
角名の言葉は、私を探っているのがわかった。

「続いとるよ、遠距離やけどね。」

「ふーん…」

面白くなさそうな返事に、心のどこかで確実に喜んでしまった私が居た。
高校の頃、なんとなく角名に好かれとったんはわかっとったから。まだ、淡くても好意を抱かれているような気がして嬉しかった。

それでも…遠くにいる彼氏にか、彼氏を大事にしている自分というラベリングにかはわからんけど、立てた操を崩したらあかん気がして。精一杯切なげな、遠距離の彼氏を想ってますよという顔を作った。

「彼氏、会いにきてくれへんのよ。連絡も減っとるし、それでも記念日とかは絶対連絡くれるから何も言えんくて。好きなんやけどさぁ、寂しいんやで、こっちは!」

「寂しいって何、人肌でも恋しいの?」

人肌って…言い方悪いわ!
めっちゃ飢えとるやつみたいになるやんか!!と心の中で叫びながら、ここは開き直るしかないと言葉を選ぶ。

「…せやけど、悪い!?」

「じゃあ、俺とかどう?人肌貸すよ、」

あかん、揺らぐ。
「ふざけんのも大概にし、飲み過ぎやで?」と返して、同時に後悔した。
酒のせいにして、誘いに乗ればよかったと。
会いにこない男に、待ってる女が嘘をつくことは簡単だ。操を立てる必要なんて無い。

トイレに立った時に、自分の中で賭けをした。
彼氏に電話をかけて、着信は5回。
出なかったら…角名の誘いに乗ろう。

1、2、3、コールを重ねていく。
4、5ーーー6回目のコール音で決めた。



最寄りを一つ過ぎた駅を二人で降りて。
そのまま角名の部屋のベッドへ。
ぎゅ、と抱きしめられて、これから始まるだろう出来事を想像して、硬く目を閉じた。

「…ねぇ、人肌レンタルしたいとこなんだけどさ、」

角名は私の頬を撫でながら言った。

「俺、彼女居ないし。備え付けが無いんだよね」

なにが?と聞くと、ゴム。と通称が返ってきた。
もしかして、とすぐに浮かんだ悪い想像。

「だから、寝るだけ。ね?そんな強張んないでよ」

浮かべてしまった悪い想像は申し訳なくなるくらいにすぐに消された。
本当にその晩はただ寄り添って文字通り寝ただけ。
思いの外、心地良くて都合の良い関係はここから始まった。

いくつか寄り添う夜を過ごしている中で、「寂しさを紛らわせるための人肌レンタル」と、隣で寝転ぶ角名が言ったことがある。
ただの雑談で出た言葉。それでも、少し考えてしまった。
ーーもし、私に寂しさが無かったらこの関係は終わってまうんかな。

角名と過ごすうちに、遠くにいる彼氏の事なんて本当にどうでもよくなった。
まだ別れてはいないけれど、気持ちもすっかり離れきっている。

それでも。
きっと、彼氏と別れるのはまだ先になるんだろう。

まだ寂しいフリをしたいから。








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