ゴール fin.




社会人兼バレー選手になってから、SNSのフォロワーは以前よりもグッと増えた。
当然、ネット上で自分の名前をみることも多くなる。
「角名選手かっこいい」「リアコ不可避」
まだあんのかこういうの。ウケる、ありがとね…と思いながらスクロールしていく。

その中で、思わずいいねを押してしまいそうな投稿がある。
「角名選手、彼女とめっちゃ仲良いんだって!羨ましい!」「サイン貰った時惚気られた!」
「彼女大事にするとこいいわ」
そうなんだよ、彼女大事にしてんの。めっちゃ仲良いし、かわいいんだよ。まじで。わかってんじゃん。

「倫太郎?なに見とんの?」

隣で寝転ぶ彼女が、俺の携帯を覗き込む。
不服そうな顔がたまらなく可愛くて、頬に軽く口付けると、口元をとんとんとされた。
変わらずにあざとい。いや、付き合ってみたら、想像よりずっと性質が悪かった。俺のことが好きなんだな、と言葉にされなくてもわかるほどの甘やかな態度に、ガキかよってくらいドキドキさせられる。

「名前は、俺のエゴサしたことある?」

「…遊び人ってやつ?セフレ居るんやっけ。あーあ、嫌やわ。こんな可愛い彼女居るのに。」

大阪のおばちゃんよろしく、手で宙を叩きながら言う名前に、ぎくっとしてしまう。痛いところを突かれた。あの頃は付き合う前とはいえ、馬鹿なことをした。

「もう絶対遊ばないし、出来心は俗世に捨てた。可愛い彼女の名前だけです。…その説はごめんなさい。」

早口でそう言うと、名前がクスクスと笑い声をあげる。
いいように遊ばれてしまった。

「…改めてエゴサしてほしい。今はそんなの一個もない。」

「知っとる。恥ずかしくなるから、せぇへん。…あんな、開けっぴろげすぎやねん。ファンに惚気るの大概にしいや!」

「ファンしか聞いてくんないから、仕方ないじゃん。」

侑や治、銀、古森…全員俺が惚気ようとしたら、逃げて行く。もう聞き飽きたとか、何それ。名前の話聞き飽きるとか意味わかんない。
それに、ファンに惚気るのは牽制でもある。彼女がいることを公表して惚気まくっていれば、名前が不安になるような呟きや投稿はなくなるかなって。

「…アホ。スマホじゃなくて、今は私との時間やろ?」

「そうだね。」

とっくに時計の針は12時を超えている。
夜ふかしをして、向かい合わせに抱き合ってベッドに入って、ただ話すだけのこの時間が好きだ。
名前の身体からは、同じボディーソープの匂いがして、甘い香水の香りよりも心が満たされる。

「ねぇ、本当に明日帰るの?」

「帰るに決まってるやん。明後日から仕事やで?」

「…俺を置いていっちゃうんだ。」

「ふふ、」

帰って欲しくないん?かわええやんか、と馬鹿にするように言われて、腹が立つどころか、あーこういうのもいいなと思う。どちらかと言えば、俺はSのはずなんだけど、名前になら揶揄われても嬉しい。末期だ。

「ねーねー名前チャン。」

「なぁに、倫太郎クン。」

「帰んないで。」

「無理。」

「…ッチ、」

「舌打ちはあかん」

舌打ちを咎める名前に、既視感を感じる。前も、舌打ちして怒られたっけ。
あの時も思った、「舌打ちくらいさせてほしい」と。
12時になってしまう前に、終電に間に合うように帰ってしまう名前の背中が嫌いだった。
それを見なくて済むと浮かれたのも束の間で。やっと捕まえた今は12時を超えても居てくれるのに、仕事に間に合うように帰ってしまう。

「倫太郎、拗ねとんの?かーわい。」

「うん、知ってる。俺かわいいでしょ。」

いつもあざとい名前の真似をして、にこっと笑って見せれば、頬をつままれた。

「かわいい倫太郎にちゅーして。」

「今の、侑に言ってもええ?」

「ぜってぇ嫌だ…」

自分でも何言ってるんだろうと思うよ。
恋は人を馬鹿にさせる。こんな馬鹿みたいなの、他のやつには見せられない。特に侑という名のスピーカーには絶対に知られたくない。あっという間に拡散される。

「わがまま、」

「でも好きじゃん。」

「自信満々やな。…私に関しては自信無いんとちゃうの?」

名前が笑って、頬にかかった髪を耳にかけた。
そのまま唇が降ってくる。それがわかって目を閉じた。こんなに満たされておいて自信が育たないわけがないと、柔らかな感覚を感じながら思った。

「…こんなに好きなのに、遠距離とかおかしくない?」

「お仕事頑張って、はよ給料3ヶ月分稼ぐしかないなぁ。私、ダイヤは一個じゃ足りんもん。」

「好きなだけつけていいよ…頑張る。」

結婚するには、まだお互いに仕事を始めたばかりで、大人になりきれてない部分がある。
それはわかっていて、夢を描く。いや、夢なんかじゃない。いつかは現実にしてやる。

「…俺、名前と再会してから、一生名前のこと追っかけること決定してんのかな。」

片思いをして、振り向いてほしくて追っかけて。
やっと向き合えたと思ったら、一生そばにいてもらうために追っかけてる。終わりの見えないレースだ。

「早く、追いついてな?」

不敵な笑みでそう言われてしまえば、敵わないなと、こちらも笑みが溢れる。
ゴールテープはなくていい、名前だけがいればいい。
これからも終わらないレースを走り続けていく予感を感じながら、名前のことを強く抱きしめた。







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