06 fin.




「…ホークス、なんか最近やつれとうけど…そろそろ休んだ方がいいっちゃない?」

「うん俺もそう思う。無理しすぎばい!仕事量増やしすぎや」

サイドキックにそう言われて。
別にそんな無理しとらんよ…と返すと、ため息をつかれた。

「いーや!22やし、若いけん大丈夫やと思っとるかもしれんけどっ!無理が禁物なのは年関係ないけんね!あとは任せて、はよ帰って寝り」

あやすように言われてしまう。
大人しく帰るように言われて、夜の博多の街を羽ばたいた。
暗くて澄んでいる空は、俺の翼を撫でるように冷たい空気を纏わせる。
街は光り輝いていて、その光を眺めながら、今日も誰かの一日を守れたのだと安らぐ時間。

こうやって夜の空を飛ぶのは好きなはずなのに、何故か心の真ん中に空洞が出来たような違和感がある。

「…私のことを全て忘れて、ねぇ」

体はいとも簡単に、名前さんの個性によって動かされた。

けれどーー扉を閉める時、すんでの所で、剛翼をドアの間に滑り込ませて。扉が完全に閉まらないようにしたことで、完全に催眠には掛からないようにした。
そのお陰か、彼女の事は記憶にしっかりと残っている。
胸の傷は治っただろうか、あのアプリは消したんだろうか。今、どんなことを感じて、どんな風に過ごしているんだろうか。
こんなに、彼女のことを考えてしまうのにーー。

「忘れるとか、無理やろ…」

鳥は止まり木を選べても、木は鳥を待つ事しかできない。名前さんの台詞は、言い得て妙だと思う。
待っている事が辛いのなんて当たり前。俺だって速すぎる男なんていう異名通り、待つのは苦手だ。
それに…、

「いやっー…!!!」

市民の危機を察知したら動いてしまう身体は最早職業病で。剛翼が拾った悲鳴に、羽の動きを止めて方向転換をする。
ヒーローという責務の前じゃ、俺はただの奴隷だ。
勝手に動く身体と、つくづく嫌になるくらいの自己犠牲の精神。死と隣り合わせ。そんなヒーローを待つ、なんて不幸でしかない。

女に襲い掛かろうとしていた中距離攻撃型の個性を持つ男を、剛翼で勢いよく押さえつける。
壁に叩きつけて固定するのと同時に、意識を奪った。

「おねーさん、大丈夫ですかぁ?」

「ひ、っ、」

暗くて良く見えなかった姿が、街灯の鈍いスポットライトを浴びて、浮かび上がる。
そこには、心の真ん中の空洞を埋められる唯一の人。
会わなくなって、長い時間が経った訳ではないのに、もう懐かしい気さえしてくる。
少し痩せただろうか。
彼女の、名前さんの揺れる瞳に合わせて俺の心も同じようにぐらぐらと揺れる。

「…大丈夫ですか?怪我は、」

「な、い…です。大丈夫…」

「顔色、良くないけど」

「いや、その…多分光の加減だと、」

「そっか。」

他人行儀。そりゃそうだ。
名前さんから見た俺は、貴方の事を全て忘れた俺。
ここで知らないフリをして、また一から始めることも出来るんじゃないか…そんな事を考えて、目を閉じる。

「すみません、」

「っ!?」

一歩近づいて、名前さんの乱れた髪を耳にかけた。
柔らかい髪。ほんの数束を掬って、指先から離れるまでのほんの少しの時間を慈しむ。

「髪、乱れてたので…って、なんかベストジーニストみたいな事しちゃいましたね」

茶化すように笑って見せる。
うん、大丈夫。不自然ではないはず。

「…ありがとう」

「折角綺麗な髪してるんで、大事にしてくださいね」

ゴーグルを外して、目を合わせた。
きっと、これが最後だから。
遠くにパトカーのサイレンが聞こえるのをぼんやりと感じながら、名前さんの目を見つめた。

「警察、来てくれたみたいですね。多分、今から事情聴取やと思うけど…」

「あぁ、はい…ありがとうございます」

どういたしまして、と返して、こちらこそありがとうと心の中で思う。
貴方の目に映る最後の姿が、ヒーローとしての俺でよかった。

警察に連れ従い、背を向けて歩いていく名前さんの後ろ姿に、聞こえるか聞こえないかの声で放った。


「…幸せになってくださいね」


名前さん、俺のことを上手に忘れて幸せになって。
ただ俺の造る平和を当たり前に思って、幸せに生きてくれ。


それだけを祈って、止まり木を折った。






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