一緒に雨宿りする.
雨宿り、という名目で澤村先輩に連れられて訪れたのは、3年生のフロアだった。 普段は先輩達が沢山いる廊下には、日曜日だからか誰もいない。 4組の教室に着くと、澤村先輩は慣れた足つきで自分の席まで行き、エナメルバックを置いた。
「ほら、名字も入んなさいよ。」
ドアの前で突っ立っている私に手招きをする先輩に、ホラここ、と前の席を指さされて、少し恐縮しながら腰掛ける。 先輩が自分の椅子を引く音が教室に響いた。 待って!昨日告白したばっかなのに気まずいのですが!?と思いつつ、黒板に目を向けていると。
トントン、と背中を、先輩の指先で軽く弾かれる。
「こっち、向けそう?」
「…ちょっと、その、、」
「そっか、わかった。」
先輩の言葉に安心してしまう。 指先が背中に触れただけで、心臓が忙しなく動く。2人きりの教室がこんなに先輩の存在感を意識させるなんて思ってもみなかった。
「…昨日の、だけどさ。返事要らないって、いいの?」
ばく、ばく、と心臓が本当にうるさい。
「いいんです!その…私なんかに好かれてるって、思わなかったでしょうし…ただ、言いたかっただけなので!自己満足なことしてすみません、」
少しの沈黙の後先輩が、やっぱりこっち向けないか?と言った。その優しいけれど、あまりにも真剣な声音に、私は体を後ろへ向ける。
「嬉しかった、ありがとう。…それだけは言って置きたくてさ。」
にかっとはにかんで、澤村先輩が言う。少し朱がさしている頬は、あまり見たことの無い表情で。
「それから、”私なんか”とか言うなよ!名字は、よく頑張ってくれてる。俺ら皆、助けられてるんだからな!」
なんで、こんなに欲しい言葉をくれるんだろう。 柔く頭に置かれた手が、嬉しい言葉が、私の心をじんわりと温めていく。
「ありがとう、ございます」
少し勇気を出して。 大丈夫、先輩は私の好意を厭わないだろうし、もう好きだって言っちゃってるんだから、
頭に置かれた手に、自分の両手を重ねてみる。
「…春高と先輩の受験終わるまで、頑張ってもいいですか?」
「えっ…と、」
「大地さんに、好きになってもらえるように」
最後の方は尻すぼみに小さくなっていった声は、先輩の耳にも届いていたようで、みるみる内に頬にさしていた朱が耳へと広がっていった。 私も、顔が熱い。
「俺、あんま慣れてないからさ…その…お手柔らかに、お願いできると…」
「私も、慣れてないので大丈夫かと…」
ほんと慣れてない。 なんだか甘やかなこの時間が、恥ずかしくて、どうしていいのかわからなくなる。 とりあえず手を下ろして、膝上に。
「ちょっと、前向いてもいいですか?」
「お、おう」
黒板を見て、掲示物の感じとか、受験を意識しているであろう日めくりのカレンダーとか。それらに目を向けて、気持ちを落ち着かせる。 やっぱり、2年の教室とは違うんだな…なんて、感傷に浸ってしまうのは、最後の年という意識があるからだろうな。
「…名字も、来年は3年か。」
「まだまだ先ですよ?」
「すぐだよ、気付いたらすぐだ。」
なんだか、切ない。 先輩と居られる時間も、すぐに過ぎ去ってしまうなんて、なんで私は後輩なんだろう。
「名字、最初は部活に慣れなくて、田中達ともあんまり話せてなかっただろ?なんか旭とは気ぃ合ってたけど…清水と旭くらいか、一年の時話してたの。」
潔子さんとは勿論、マネ業を通して話せるようになって。旭さんは、なんだか気弱なところが似てて気が合うから、話をすることが多かった。
「それが、上手く田中とか西谷のフォローするようになって、今じゃ後輩の世話までやいてくれてなぁ…」
澤村先輩の口ぶりは、お父さんみたい。
「この間、月島と影山の口喧嘩宥めてただろ?助かったよ。」
見ててくれてたんだ。 そういう所、好きだなぁ…。
「ほんとにすぐ成長してくから、嬉しいし、ちょっと寂しくもある。」
「あの、先輩!」
「お、おう!どうした?」
「同じ歳ごっこ、しませんか?」
トンチンカンな事を言ってしまったのはわかってる。 それでも寂しくなってしまうのが嫌で、振り絞ってだした言葉だった。ほら、丁度私3年生の教室いるし!同じ歳だと思ってみてください!と早口で言うと、先輩が吹き出す。
「…名字が俺にタメ口使いたいってこと?」
「え!いやいやいや違いますよ!…その、同じ歳だと思ったら寂しくなったり、しないかなって…」
言ってて、何したいかわかんなくなってきた。 元々思いつきだからよくわかってないけど!
「名字、購買のパン何が好き?」
「え?」
「俺は焼きそばパン。」
「…えっと、メロンパンですかね…?」
「なんで敬語?同じ歳だろ?」
「え、でも、」
「何パンが好き?」
「ぅ、メロンパンっかな…」
「へぇ〜、今度食ってみる。あ、今度のテスト、できそう?」
まだ続くの!?
「…え〜っと、その、数学がちょっと難しい、かも」
「俺も。ふ、公式多すぎてやばい…」
そこまで言った所で、先輩が笑い出した。堪えきれないとでも言うように、笑い声は徐々に大きくなっていく。
「確かに、寂しくなくなった気するな!」
振り返れば…っていうか、笑い声でわかるけど、先輩は笑顔だった。 私の好きな、笑顔。
窓の外からは、日が差していて。 雨が上がった匂いがした。
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