後輩に告白されてしまう.
部活から帰って、すぐシャワーを浴びて。 きゅ、と蛇口を捻れば、最近打ち解けられた後輩の戸惑う顔が頭に浮かんだ。
多分だけど、名字はスガのことが好きなんだと思う。 3年の中で一番仲が良いし、よく一緒に話しているのを見かけていた。 ここ最近、俺に話しかけてくれるようになったのは、きっとスガとの仲を取り持ってほしいからだろう。
あんまりにも必死な様子で話しかけてくるのが可愛くて、ついお節介を焼いてしまった。 なんとなく、名字は澤村家の末っ子である次女に似ている。 人見知りで少し警戒心が強いところとか、打ち解ければ顔を赤らめながら頑張って自分から関わりに行こうとするところとか。
「もう少し、仲良くなりてぇなぁ…」
浴室から出て、濡れた髪を拭きながら呟くと、丁度末っ子が膝の上へと乗ってきた。
「だいちくん、だれと仲良くなりたいの?」
「んー、部活の後輩の子。」
「こーはいってなぁに?」
「後輩っていうのは…妹とか弟みたいな感じかな。」
「なら、だいちくん仲良くなれるよ!あたしたちと仲良しだもん!」
自分に似て硬めの髪を撫でてやる。 そうだといいな、なんて思いながら。
「ねぇ、ケータイぴかぴかしてるよ?」
妹がテーブルの上にあるケータイを指差す。 ピカピカ…ってことは着信かメールだ。 マナーモードにしていたから、気付いてくれて助かった。
画面を開けば、着信:名字という通知。 30分前にも連絡来てるけど、なんかあったか? 窓からすぐの縁側に腰掛けて、通話開始ボタンを押す。
『遅くにすみません、名字です』
「おう、どうかした?」
『その、澤村先輩が今日言ってた…好きな人について、お話があって…」
スガの顔が頭に浮かぶ。今日は2人きりで帰れるように、ちょっと画策した。 もしかして、何かあったのだろうか。
「なんかあった?」
『いやっ、そうじゃなくて。その…私の好きな人、なんですけど、』
「うん」
『私の好きな人、は…すっごく頼りになるんです。』
たしかに、スガは頼りになるな。後輩の面倒見も良いし、俺も主将として頼りにしている。
『努力家で、どんな事にも一生懸命で。』
正セッターになろうと努力を惜しまないし、勉強にも力入れてるよな。
『周りをよく見てて、声を掛けてくれる人で。その人に素直になれなくて、態度もよくない私にも、気を配ってくれるんです。』
機会越しの、震える声。 電話越しだけれど、耳まで真っ赤に染める名字の姿がわかる気がするような声だ。 本当にスガのことが好きなんだなとわかる。
『私には無いものをたくさん持ってて、すごくかっこいいんです。』
こんな風に想われるスガが羨ましくなるくらいだ。
「そっか、」
『そんな大地さんが、好き…です。』
スガは幸せものだな、という続けようと思っていた言葉は喉元へ引っ込んだ。 今、なんて言った? 俺のことが好き?名字が?
『返事は…今は要りません。春高と受験が終わってから下さい。』
「え、はっ、ちょっ!ちょっと、待って!」
『あの、恥ずかしくてもう耐えれないので、ほんと勘弁してください…』
消えかけた語尾とともに、通話終了を知らせる音が鳴り響く。
「…まじか。」
大地さん、なんて毎日後輩から呼ばれ慣れているはずなのに。 なんなんだ、この破壊力の大きさは。 早鐘を打ち、今にも弾けそうな鼓動を掌で押さえ込みながら、何度もその響きを反芻してしまった。
へなへなと足の力が抜ける。 てっきり嫌われているかと思っていた。 1人だけ、澤村先輩と呼ばれていること。 あまり合わせてもらえない目。 …素直になれないにも程がある名字の姿を思い出す。 全部、好意の裏返しってことか?
「…かわいすぎんだろ」
思わず口をついて出た言葉に、明日から名字どうやって接すればいいのか頭を抱えた。 ・
・
・ どうしていいものか、と思いながらもいざ練習に行ってみれば名字の様子はいつも通りだった。 いや、正確に言えば少し違う。
前なら避けられているような感じだった。 でも、なんというかとにかく普通だ。 いつも通り挨拶もされたし、部活に支障はない程度に話もした。
「大地、昨日どうだった?」
「どうって…」
「名字に、その…な?」
練習終わりに部室で着替えていると、スガが声を潜めて聞いてくる。田中や西谷が騒いでいるからか、周りには聞こえていないようで安心した。
「どこまで知ってんの?」
「告白されたとこまで。…で?付き合った?」
「付き合ってねーよ。返事は春高と受験終わるまで要らないって言われた。」
「大地、全然気付いてなかったもんな。」
「…なぁ、どーすりゃいいと思う?」
今は返事は要らないと言われても、告白されたからには考えない訳にはいかない。 でも、今まで名字と…なんて思いつきもしなかった。
「どーすりゃいいって…返事はまだ要らないってことは、これから意識してほしいってことじゃねーの?大地はあいつの事、後輩としか思ってなかっただろ。 今返事貰ってもダメだってわかってたから、そう言ったと思うんだけど。」
「…そうか、」 ・
・
・ 着替え終えて、部室の鍵を職員室に持っていくと、名字がいた。 担任と何やら話し込んでいるようだ。
「名字さんは、来年は部活どうするの?」 聞こえてきた部活の話に、足が止まる。 来年…どういうことだ?
「進学のために、IHまでにしようと思っています。」
「そっか。親御さんと相談した?」
「相談しても、難しいと思うので…。元々部活に入ることを好ましく思ってませんし。」
「そう。…ごめんね、引き止めちゃって。帰りは気をつけてね。」
名字が踵を返し、ドアの方へと向かってくる。
「え、さっ澤村先輩!」
「おう、お疲れ…?」
2人揃って職員室を出て、並んで歩く。 急な対面だったからか、名字の顔は赤い。 なんだかこっちも気恥ずかしくなって、行き場のない気持ちを頭をかきながら紛らわそうと試みた。
「…さっきの、聞こえてました?」
「さっきの…って、部活のことか。すまん、聞こえた。」
「私、白鳥沢落ちて烏野に来たんです。それで、親も大学こそはって、期待してくれてて。来年は春高までは残らないで、受験に備えようと思ってて。」
「そうか、」
残っていてほしいな、俺の後輩たちは強い。 春高で全国に通用するやつらだ。 あのオレンジコートを踏むあいつらのそばに、名字がいないのを想像すると、なんだか違和感がした。
「すみません、先輩方は残るのに…わたし、」
「謝る必要ない。確かに…なんか寂しいけど、名字が考えて決めたことだろ?応援させてくれ。」
「…ありがとうございます。」
名字の顔は俯いていて、見えない。 俺も上手く笑えているかが不安だから、顔が見えない事は助かるけれど、なんだか居心地が悪い。名字はどんな顔をしてるんだろうと気になって。
靴を履き替え、昇降口を出ようとしたところで雨が降っていることに気がついた。途端に、雨脚は強くなってきて、名字と顔を見合わせる。
「名字、傘…持ってるか?」
「今日予報では曇りだって言ってたので…すみません、」
「いやいや!俺もだから!…あー、この雨はしばらく帰れねぇなぁ…」
「どうします?」
「雨宿り、していくか」
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