同級の彼女.
名字 名前のことは、中1の頃から知っていた。 俺と名字が行っていた中学では、テスト毎に、各科目と総合科目、それぞれの上位十名の名前が張り出される。 名字は、その表の常連だった。文系科目は俺よりも上に名前があることが多く、文系科目が苦手な俺は、勝手にライバル視をしていた。
2年の時に、白鳥沢を受験することを決めてから、俺は休み時間も勉強に費やすことに決めた。特に騒がしい昼休みは、図書室へ。それがルーティンだった。 その図書室に、いつも先客として名前がいた。 話しかけることはしなかったが、静かにシャーペンを走らせる名字の姿があることで、負けず嫌いな性分に火がついた。 名字がいる図書室は、俺にとって一番集中できる場所になっていた。
3年の時に、同じクラスになった。 名字とは話す機会が掴めずに、夏になった。部活も引退して、受験勉強に本腰を入れなおすために、オープンスクールへ。 そこで名字を見た時に、わずかに高揚したのを覚えている。
「名字も、白鳥沢受けんの?」
「うん、第一希望…のつもり。」
その日から、名字と俺は、なんとなく一緒に勉強するようになった。 ・
・
・ 白布君呼びから、白布と呼ばれるようになるまでに時間はかからなかった。 お互いに教科の得意不得意が全く違ったお陰で、勉強を教え合うようになった。
「名字、これって…英訳あってる?」
「ん?えー…と、」
名字の顔が、ぐっと俺に寄ってきた。編み込まれた髪の毛がすぐ目の前にあって、少しでも動けば身体があたってしまいそうだ。女友達がほぼ居ない俺にとっては慣れない距離で、接触しないように気をつけていると、自然と身体は固くなる。 名字は人見知りらしいが、仲良くなると距離感はあまり気にならなくなるのか…。隣で真剣に単語を追う姿に、ため息が出た。
「…名字、近い。」
「っ!うわ、ごめん…白布といると、なんか落ち着くから…つい。」
「落ち着くってなんだよ、」
俺は、全然落ち着けない。名字の隣にいると、もうライバル視よりも友人としての気持ちの方が強いはずなのに、つい気を張ってしまう。名字の前では情けない自分で居たくなくて、ずっとどこか緊張している。 そんな俺のことを知らない名字は、柔らかく笑った。
「勉強って、一人で頑張らなきゃいけないと思ってた。ずっとやってても不安で、本当にこの方法でいいのかなとか、頑張った先に何があるんだろうとか…そんなネガティブな気持ちになっちゃう時が多くて。」
名字が、視線をわずかに伏せた。生きている人間なら幾度となくするはずの瞬き。その一つにたじろいでしまうなんて、どうかしている。 名字の目と、俺の目が合う。
「白布と勉強してると、そういうの考えなくてよくて、落ち着くのかも。白布といると安心する。」
変な優越感が湧いた。二人の、この空間が、名字が安心できる場になっていることに。 このまま、二人で同じ高校に行って、そしていつかは名字に気持ちを伝えられたら…と淡い期待を抱いていた。 その期待が打ち砕かれたのは、白鳥沢の受験が終わって、数週間後。 私立の合格発表の日だった。 ・
・
・ いつも一緒に勉強をしていた図書室の奥。 名字は、窓際で外を眺めていた。 普段は穏やかな柔らかい雰囲気を纏う名字が、張り詰めた空気の中にいる。 声をかけるか迷って、一定の距離をあけて立ちつくしている俺に、名字はいつから気がついていたのかわからない。
しばらく続いていた沈黙を破ったのは名字だった。
「白布、おめでとう。」
お互いの受験番号は伝えていた。白鳥沢の受験結果は、ネットでも見れるようになっている。 名字の番号は、見間違えかと思って何度見返しても、見当たらなかった。
「公立の受験もあるし、これからもっと勉強しないとだね。」
振り返った名字は、頼りない顔で笑っていた。ぎこちない笑みだった。きっと泣いたんだろう。目のまわりは赤かった。
「"白布は、" 白鳥沢で頑張ってね。」
「名字、」
もう、前みたいには戻れない気がした。うまく言えないけれど、そんな空気を名字から感じた。 こんな時にかける言葉も、どうしたら名字を繋ぎ止めることができるのかも、わからなかった。
「…好きだ。」
タイミングは、最悪だった。 零れるように溢れた言葉が、口先から出ていった後で気がついた。 名字は固まって、ぐっと眉間に皺を寄せた。
「なんで、今そんなこと言うの。」
名字の拒絶は最もで、その日から今まで、名字とは話すことができなかった。 告白の返事は無くていい。名字ともう一度話がしたい。 そんなメッセージを送ったが、当然向こうからの返信は無かった。 節目節目にメッセージを送った。もう、連絡先も変わっているかもしれない。けれど、もう一度名字に会いたい。それが叶うなら、名字の気持ちが整うのを幾らでも待つから。そんな燻ったままの気持ちを胸に、高校に進学して2年が経った。
帰省した時に偶然会った中学の同級生…名字と同じ烏野に進学した女子から、声をかけられた。
「白布じゃん、久しぶり!」
「あぁ。」
「相変わらずつれないね。そういえば、名前とは会ってないの?付き合ってたじゃん。」
「…付き合ってねーよ。会ってもない。」
そう言うと、驚かれた。
「そうなの?名前、バレー部のマネになったのって白布の影響だと思ってたー!違うんだ!」
「は?」
「え、知らない?うちの男バレ、マネの先輩がめっちゃ美人でさー。よく一緒にいるから名前も注目されてて。清楚系でかわいいって密かにモテてるんだよ!成績も学年首位だし!すごくない?」
待て、情報量が多すぎる。 バレー部で、てか男バレで、マネージャーで、モテてる…。 なんで名字がバレー部を選んだのか、もしかしたら俺の影響もあるのか…?自惚だと言われてもいい、少しくらいは俺の影響もあっていいはずだ。 つーか、これまで大会でも名字の姿を見たことは無かった。先輩のマネージャーがいるなら、ベンチには入らないだろう。 応援席のどこかに名字が居たのかもしれない。 そう思うと、胸がぐっと熱くなった。
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