先輩に告白してしまう.
練習が終わって、体育館の外の手洗い場でボトルを洗っていた。 隣には、私の想い人ーー澤村先輩が額に流れる汗を、水で流している。私はなんだか変に緊張して、早く洗ってしまおうと躍起になった。
「名字…あのさ、」
きゅ、と澤村先輩が捻った蛇口から、絶え間ない水の流れが止まった。 静まった空気と、澤村先輩の真剣な瞳。少し気不味そうな表情。 なにを言われるんだろう、不安と期待が入り混じる。
「名字って、好きなやついたりする?」
「ッ、えっ…と、はい!」
目の前のあなたです。なんて言えたら、という気持ちは。
「お節介だと思うんだけどさ、なんかあったら気つかわないで、頼ってくれよ。」
「え、あ…ぇえ…?」
「名字は、頼みごとが得意じゃなさそうだから。言っといたほうがいいかと思って。」
「あ、ありがとうございます…」
混乱の中に消えていった。 ・
・
・ 澤村先輩が好き。 マネージャーになって、一年が過ぎる頃にはもう完全に澤村先輩が好きになってしまっていた。
かと言って、両思いになるために奔走はしない。 マネージャーになったのに、先輩を好きになってしまって、挙げ句の果てに部活に支障が出てはいけない。 …というのは建前で、部員と色恋に走る奴だと、それ目当てで入部したと、澤村先輩にそういう風に思われてしまうのが怖くて、できないのだ。 本当は先輩に好きになってほしいし、彼氏彼女になりたい。 でもでも、振られてしまったら気まずいし…!
そんなチキンな性格と、天邪鬼な性質が合わさってしまえば。
「スガ、俺もしかして名字に嫌われてんのかな…」
休憩時間、外へ出て涼んでいる澤村先輩とスガさんの声が聞こえた。 話題に上がってしまっている以上、今出て行く事はできない。空のウォータージャグを抱えたまま、タイミングを見計らう…というよりは盗み聞きをする。
「なんで?」
「いや、なんか避けられてる気する。あと…、スガさん、旭さん、なのに、俺だけ澤村先輩ってめちゃくちゃ堅い…。」
「あぁ、それは確かに。」
「後輩も入ってきたし、名字ともそろそろ打ち解けたいと思ってんだけどさ。どうしたもんかな〜…。」
いやいやいやいや!全然ッ!嫌ってないです!! 避けてるっていうか、恥ずかしくて好きバレしたくなくて話しかけられないだけだし! 大地さんとか絶対言えない!! 心の中で激しく首を横に振る。嫌ってなんかないのに、むしろその逆なのにと。 休憩の終わりも近づいているし、なんだか居た堪れない気持ちになって、すぐ近くで涼んでいた縁下にジャグを託した。
「ごめん、ちょっと今話題に上がってて…、出ていきにくいからお願いしてもいい?」
「ん、了解。」 ・
・
・ その日は何とか部活を乗り切ったけれど、澤村先輩の言葉が頭からなの中々離れなかった。 家に帰って、眠りにつこうとしても、ずっと。
後輩に嫌われてるかもしれない…もし私が澤村先輩の立場だったら、結構ショックだ。 1年生ーー日向に影山、月島、山口…選手の皆よりも関わる機会は少ないけれどきちんと挨拶だってしてくれる。4人の中で、そんなに人に関わりたがらない月島も、それなりに話してくれるし嫌われているような気はしない。
「私…後輩失格だ。」
後輩失格って意味わかんないけど、そんな言葉が漏れた。先輩方に挨拶はしているし、話しだってする。 でも、澤村先輩には…どうだろう。 挨拶も素っ気ない、連絡でしか話をしてない。 どうしたら澤村先輩を嫌ってないことを伝えられるだろう。 ・
・
・ 目を瞑りながら、考えるうちに寝てしまった翌日。 2限が世界史から英語に変わっていた事を失念していて、必要な電子辞書を忘れていたことに気づいた。 教科書はロッカーに置いていたから大丈夫だけど、電子辞書は誰かに借りなきゃいけない。 バレー部が気安くていいけど…違うクラスの田中と西谷は絶対に持ってないし、木下には成田が借りに行っていた。 どうしようと頭を捻っていると、隣の席の縁下が声をかけてきた。
「ねぇ、名字。大地さんに借りに行ってみれば?」
「ひっ!な、なんで?」
「昨日。大地さん達の話聞いてたろ?…名字は大地さんのこと、不自然に避けすぎ。」
う、縁下も聞いてたのか。そりゃそうだ。 同級生から見ても、私の態度は不自然だと言われてしまう事実が胸に刺さる。 たしかに、嫌いな人にわざわざ階を跨いでまで物を借りにいかない。誤解をとけるチャンスだ。 澤村先輩に借りにいって…みよう。
3年のフロアに向かい、なんとなく肩身の狭い思いを抱えながら4組に着く。 ドアから少し覗くと、割と近くに目当ての人は居た。 バチっと目が合って、すぐに澤村先輩がこちらへと歩みを進める。
「名字、どうした?」
「あ、えと…こ、んにちは!」
いや、どうしたかを言えよ!私!! 自分のテンパリっぷりに穴があったら埋まりたくなったけれど、ニカっと笑って澤村先輩が挨拶を返してくれたおかげで、救われた。
「その…スガさん、呼んでください!!」
・
・
・ 「それで?結局、スガさんに借りたの?」
「…はい。」
「意味ないじゃん。」
授業後、私の手元を見て「借りれたの?えらいじゃん。」と褒めてくれた縁下に、良心が痛んで白状すると、とびっきりの呆れ顔をされた。 だって、しょうがないじゃないか。 え○りっぽく言ってみたら、頭を抱えられる。
「ただでさえ、大地さんは烏合の衆をまとめるのに大変なんだから。名字もがんばんなよ。」
そうだよね。澤村先輩は、曲者そろいの1年が入ってきて、チーム体制も変わったなかで主将をやってる。 支えなきゃいけないマネージャーのくせに、私情をはさんでいてはいけない。 ・
・
・ そう決意して、澤村先輩に意識的に話しかけるようになり始めた今日この頃。 先ほどの言葉を言われたのだ。 そして、なぜかスガさんと一緒に鍵閉めをして帰ることになった。
「どういうことだと…思いますか?」
「名字の好きなやつが俺だと思ってんだろうなって思います。…大地、鈍いからなぁ。」
「なんでそうなったんですか!!」
「なんでって、名字のせいだかんな!?大地に話しかけようとしてたんだろうけど、ほとんど俺に話しかけてんじゃん。」
「う”っ…」
そう、澤村先輩に勇気をだして話しかけても、 「スガさん呼んでくれますか?」とか、「スガさんに言っといてください」とか。 敬うべき先輩を、逃げ道に使ってしまっていた。 スガさんは、そんな私が澤村先輩を好きなことを知っていて、少しでも話せるようにとサポートしてくれていた。
「大地のことだから、俺と名字に気を使ってんだろうけどさぁ…。名字、このままじゃ本当に勘違いされっぱなしだぞ。」
「はい、」
「好きなのが大地、とは言えなくてもさ。せめて俺じゃないってことだけでも言ったほうが良いと思うよ。変なお節介焼かれて、傷つくのも名字なんだからさ。」
澤村先輩が、私とスガさんを2人きりにしてくれようとしたのに気づいた時には。 澤村先輩になんとも思われていない、脈が無いのを突きつけられたような気がした。 きっとスガさんは、そんな私の気持ちを見透かしていってくれている。 好きって気持ちを気付かれたくないから、気付かれないように行動してた癖に、ただの後輩としか思われていない事に傷つくなんて。 図々しいにも程がある。
「スガさん!…わたし、澤村先輩に告白します!」
部員と色恋に走る奴だと、それ目当てで入部したと、澤村先輩にそういう風に思われてしまうのが怖かった。でもスガさんを好きだと思われているなら、一緒だ。部員と色恋に走るやつって、もう思われてるし。 部員ーー澤村先輩を好きなのは事実だし。 まだ色恋には走り出してはないけど、走るなら澤村先輩とがいい。
「えっ!おお!がんばれ…!?」
「今じゃないと、逃げそうなので!今電話してもいいですか!」
「はぁ!今!?俺どうすればいいの!」
「見守っててください!」
「いや気まずいって!!」
ぶんぶんと激しく首を降るスガさんを横目に、澤村先輩の連絡先を選択する。 まだガラケーだから、電話番号。 アプリと違う発信音が、慌てるスガさんと変に昂ぶる私の間に鳴り響いた。
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