先輩とテスト期間に一緒に帰る.
テスト期間が近づいてきている今日この頃。 武ちゃん先生に正座させられて、赤点常連組が震え上がっている。
「縁下…西谷と田中の勉強、私も見ようか?」
毎回テスト期間は、縁下や成田が2人の面倒を見てくれる。でも、今回は合宿だってかかっているし、縁下と成田には自分の勉強に集中してほしい。
「大丈夫だよ。名字は自分のに集中して。…名字の事情に関わらず、田中も西谷も女子が居ると浮つくからさ。」
ほんと困ったもんだよ、と眉を下げて縁下が言う。 私の事情に気を配ってくれる彼らは、優しいなと思うけれど、私も役に立ちたい。
「月島ァ!勉強!教えてく…ボケェ!!」
これだ。 月島に断固として頭を下げない姿勢をみせる影山を横目にひらめいた。 軽く部室で勉強をしていた男子達が出てくるのを、 マネ室で私も勉強しながら待つ。 外の賑わいから、そろそろかなと荷物をまとめて部屋を出ると、すぐに影山の姿が見つかった。
「あ、影山!おつかれ!」
「お疲れ様です。」
「勉強、どう?」
ぐっと眉間のシワが深まる。 うぬん、と唸る様子から、本当に勉強が苦手なんだなと思った。
「あのさ、よかったらなんだけど…勉強教えよっか?」
「!…いいんすか。」
「うん。私の復習にもなるから。」
「お願いしぁす!!」
「わかんないとこあったら、連絡して。学校とかだったらクラス来てくれればいいから。…あ、2年の階来づらいかな?」
「大丈夫です。」
「4組だからね。よろしく。」
「うす!」
なんで影山かと言うと、理由は幾つかある。 今のチームの要の彼には、合宿に来てもらわないと困るし。それに、日向はコミュ力が高いから勉強を教えてもらえる友達もたくさんいるだろうけど…。 影山は、なんていうか…あんまりそういう友達がいなさそうな気がするのは私だけだろうか。 そんなこと言う私も、そんなに沢山友達がいるという訳ではないけれど。 ・
・
・ その日から、影山と話すことが増えた。 今日も、昼休みに体育館裏で質問を受けている。 最初はこの口下手な後輩と2人きりなんて間がもたない気がしていたけれど、3日目になるともう慣れてきた。
「名字さん、この問2…なんでこの答えになるんですか?」
「あ、古文?ちょっと見せてね…うん。”ありがたし”っていうのは感謝を示している訳じゃなくてね。滅多にないとか、珍しいって意味。それから生きづらいなって意味があるの。ほら有り難しって漢字だから、有る…存在しているのが難しい、みたいな。」
解説を聞きながら口を尖らせる影山を、横目で見る。 ついてこれてるかな?
「ありがたきもの。…後ろには、舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君ってあるよね。この場合の”ありがたき”は、どういう風に訳す?」
「…珍しいもの、っすか。」
「そう。ありがたしっていう単語の中でも一番この意味が多いから覚えておいてね。」
「うす、あざっす!」
影山が解き直しをしている間に、単語帳をめくりながらパンを口に運ぶ。 牛乳パン、意外とおいしいかも。
「あれ?影山とっ、名字さん!!」
「あぁ”?」
「日向じゃん、こんにちは。」
ちーす!!と大きな声が響く。元気いっぱいだなぁ。 影山の横に座ると、日向は目を見開いた。
「影山勉強してんの!?しかも名字さんに教わってるのか!?」
「悪いか、」
「だって、名字さんは俺らの勉強見てる暇無いって、田中さんが!!」
「…なんでだよ?」
あ、日向は聞いてるのか。
「名字さんは、学年1位じゃないと部活辞めさせられるって…」
「いやいや、それは大袈裟!5位以内だから!」
「5位…?」
そう。5位以内に入れなければ、部活はダメだというのは教育熱心な母との約束だ。 私が意地になって、1位になろうと躍起しているだけ。
「いいんすか?」
「え?なにが?」
「…俺の勉強見てて、」
申し訳なさそうに影山が言う。 形のいい頭が垂れていて、控えめに見えるつむじが意外にも2つあることに気づいた。
「人の勉強見るのも、復習になるって言ったでしょ。それに…私、来年は春高まで部活残れないの。IHまでで引退するから。だから、皆より早く部から離れる分、できることは何だってしたいの。」
「でも来年のIHは全国行くんで。結構長いと思いますけど。」
「今年の春高も、来年のIHも全国行きます!」
強気、というか本気の2人の顔。 頼もしいな。
「うん、楽しみにしてる。」
今のうちから、受験勉強しとかないとな。 風に吹かれてめくれた単語帳を揃えて、気合を入れ直す。
「あ、その前に試験クリアしてよ?」
2人の顔つきが一気に変わったのが、ちょっと面白かった。
・
・
・ 「影山の面倒、見てくれてんだって?」
「あ、いや、面倒って言っても…自分の復習になるからで…」
「正直、助かってる。ありがとな。」
練習終わりに、澤村先輩にそう言われて舞い上がってしまう。澤村先輩の助けに少しでもなれているのなら、それだけで嬉しい。
「名字は、数学大丈夫か?」
「はい、多分…」
「わかんないとこあったら言ってくれよ!まぁ、名字はずば抜けて成績いいし…俺じゃ頼りないかもだけどさ。」
「いいんですか!?」
食いついた私に、澤村先輩がおお、と驚きの声を漏らす。 その声に構わないくらいに、数学は本当に苦手だ。 友達に教えてもらおうとしても、名字に教えるのはハードルが高いと断られてしまう。 先生には、私が数学だけあまり芳しくないものだから、あまり良いイメージを抱かれて居ないし。 教えてくれる人、というのを見つけるのに苦戦していた。
参考書をだそうと、カバンを漁っていると。
「名字さん、すみません」
「あ、影山っ!どうしたの?」
「今日、夜わかんねーとこあったら電話してもいいっすか」
「あぁ、昨日はLINEだったから伝わり難かったもんね。わかっ「こら、安請負いしない。」
了承の返事を返そうとしたのを、澤村先輩が遮った。影山は安請負いの意味がわからないようで首を傾げている。
「…名字だって自分の勉強があるんだから。影山は、家では自分の力でどこまで出来るようになってきたか確認しなさい。実力を知るっていうのは大事だぞ。解けない問題があったら、印つけて…似たような問題間違ってるはずだから自分の弱みを抑えておくこと。」
先輩の言葉に、なるほど…と影山が頷く。 じゃあ、名字さんまた明日お願いシァス!ということで、帰っていく背中に手を振った。
「名字、送ってく。」
「えっ、」
「俺が送るのは不満か?」
「いえいえ!!不満なんて…!」
ほら、帰るぞ。 そう言って、先輩の手が私の頭に乗る。
「ひっ!!」
「っ、すまん!!妹にやってるから…癖でっ!!気持ち悪いよな、すまん!」
気持ち悪くなんかない。 ただ好きな人に触られたことで、私の脳がパニックを起こしただけで!! どちらかといえば、チームメイトが先輩に撫でられている姿を見て、羨ましく思ってたくらいで…!
「…気持ちいい、ので!だい、じょうぶです!!」
「ん”っ、おう…そっか…」
絶対言い方間違えた!! そう思っても遅くて、先輩の頬には朱が差していた。 絶対に私の方が赤いけれど、先輩に恥をかかせてしまった事に、いくら頭に血が巡っても足りないくらいに酸素が不足している。
「か、帰ろう!な?」
「はいっ…!」
私の家の方へと先輩が足を向けて。 足音よりずっと早く鳴りひびく心臓が苦しかった。
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