先輩の手.
梟谷グループ、と言われる各校の合同合宿が始まった。 合宿、しかも他校の人と…選手よりも緊張してしまう。今年ははじめてのマネージャーの後輩、仁花ちゃんもいる。先輩として、しっかりしなくちゃなのに…!
「烏野のマネちゃんズ、かわいいねぇ。」
「よろしく!」
梟谷のマネージャーさんが話しかけてくれて、ちょっと安心した。でも、それは束の間の安心だった。
「お願いがあって、烏野のマネちゃんの中から一人、音駒についてあげてほしいんだけど…」
「音駒だけマネいないから、サポートあった方がいいかなって。」
そういえば、音駒にはマネージャーがいなかった気がする。以前練習試合をしたときには、一年生が雑務をこなしていた。せっかくの合宿の機会だし、烏野は他校に比べてマネが多い。うちからサポートに入るのは、合理的といえるだろう。そもそも、音駒のツテで参加しているし。
潔子さんと顔を見合わせて、頷く。
「…わ、私が行きます。」
「ごめん、名前ちゃん。お願いするね。」
一番学年が上の潔子さんと、一年生の仁花ちゃんが残ったほうがいい。教えながら仕事をこなすのは、経験値の高い潔子さんの方が適任だ。 ・
・
・ 「お、二年生のマネちゃんが引き受けてくれたんだ…えっと、名前は、」
「名字 名前です、よろしくお願いします!」
「名字チャンね、よろしく。」
黒尾先輩が部員の方々に紹介してくれる。人見知りだから、正直ありがたい。
「名字チャン、重いもん運ぶ時は呼んでね。ドリンクは籠に置いといてくれれば各自取るから。タオルは横にお願い。スコアは書き方は変わんないとおもうけど、左のページの方に監督のぼそっとした呟きとか、そういうの書いててくれると助かる。あの人、結構試合中にヒントになるようなこと言ってるから。」
「はい!」
思ったよりも大きい声が出てしまった。
「…緊張してる?」
黒尾先輩がかがむようにして、私の顔を覗く。 あ、こうやって、目線を合わせてくれるところ、なんか澤村先輩と似てる。
「緊張、してます。」
「まぁ、合宿中にゆっくり慣れてって。ウチはあんまり上下関係とかガチッとしてないし、フラットでいいよ。ほら、黒尾って呼び捨てしてもいいし。」
「そ、それは、できないです!」
「んー…じゃあリピートアフターミー、黒尾さん」
「くろおさん…」
「よし、リピートアフターミー、鉄朗くん」
「てつろうくん…?あ、っすみません!!」
「ブッハ…!!今のフツー引っかかる?先輩って言われると俺も緊張しちゃうからさ。黒尾さんって気軽に呼んでよ。」
「…ありがとうございます、」
「うん。慣れたら鉄朗くんでもいーからネ。」
黒尾さんは、よろしく、と握手を求めてきた。同じように手を差し出すと、黒尾さんの手のひらが大きくてびっくりした。
なんか、大丈夫そうかも。 人見知り克服、というより黒尾さんがすごいのかもしれない。真っ向コミュニケーションというか、なんというか。 コミュニケーション能力、見習いたい。 ・
・
・ 「フライングいっしゅーう!!!」
「はい!!!!」
澤村先輩の声が、体育館に響く。 烏野のペナルティが続いている。大丈夫かな、と思いながらも、きっと皆が挑戦しているからこそだと感じる。
昼食の休憩時間になって、ご飯を食べている皆を見れば、不安も和らいだ。
「名前ちゃん、音駒どうだった?大丈夫そう?」
潔子さんが心配そうに私の顔をみつめる。長いまつ毛に縁取られた瞳が綺麗で、どきっとしてしまった。
「大丈夫そうです。皆さん、よくしてくださって…」
「そっか。よかった。」
「私よりも、仁花ちゃんは大丈夫?ちゃんと、水分とってね。ご飯も食べるんだよ、おっきくなるには栄養が必要だから…」
「はいっ!清水先輩や名字先輩のように立派になれるように、しっかり飲み、しっかり食べます!」
「名前ちゃん、なんか先輩っぽいね。」
「そうですか?へへっ…潔子さんに言われると嬉しいです。」
なぜか視界の端で、田中と西谷が拝んでいるけれど、触れないようにしよう。
「名字チャンお食事中ごめんね。スコア、細かくありがとーって伝えにきた。」
「あ、いえ!」
「ほんとにありがたいんだけど、左のページのやつ!俺笑っちゃった。監督の親父ギャグまでメモってんだもん。名字チャン、まじおもしれー!」
「ヒントなのかな、と思って…すみません、」
黒尾さんがブヒャヒャと笑う。ちょっと恥ずかしくなって、黒尾さん!と、ジャージの袖を引けば、ごめんごめんと笑いながら謝られた。
「うちの後輩をからかいすぎじゃないですか、黒尾クン?」
「おお…セコムじゃん、こわ…」
「名字、他校の先輩だから言いづらいかもだけど、うざ絡みされたらすぐに俺らに言うんだぞ。」
澤村先輩が、私の肩を軽くたたいて言う。がっしりとした、男の人の手。何より、…好きな人の手だ。 触れられた肩先に一気に熱が集まって、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
「…名字チャン、顔赤くない?」
「違っ、あつくて!」
「お水飲んだ方がいい。お冷や、新しいの持ってくる。」
手を肩に置かれただけで、こんなになってしまうなんて、はずかしすぎる。 潔子さんが持ってきてくれたお冷やは、いつもよりずっと冷たく感じた。
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