蕃紅花色のドア.




最近、私も侑も忙しくて。
会話の時間はおろか、顔を合わせる時間も減っていて。付き合ってるのに、侑との距離がすごく遠い気がしていた。

それでも気にしないように仕事に家事に打ち込んだ。
大丈夫、私と侑は元々、近いけれど遠いようなものだ…という自己暗示をかけて。

そもそも、侑はバレー選手で、私はただの一般人で。不釣り合いだと言われることだって慣れていたし、私もそう思っていた。

ーーそれでも。

侑の帰りが遅くて、先に寝てるねという書き置きをしてベッドに入った所だった。
鍵を開ける音と足音に、帰ってきた気配がしたな…と体を起こすと、扉のすぐ前で電話をしている声がして。

「彼女ぉ?…あぁ、居るけど。俺とアイツじゃ釣り合わんし。」

気怠げな侑の声と、私のことを指す言葉。
…あ、これは聞いちゃいけないヤツだ。
そう察知したけれど、それは遅かった。

「はぁ?結婚?!…いやいや、無理やろ」

その言葉に、胸が抉られた。
釣り合わないなんて、侑にだけは言われたくなかった。
付き合って同棲して、もうそろそろ一生を侑と過ごすと決めてもいいんじゃないかってくらいには、一緒に過ごしてきたのに。

それ以上は聞きたくなくて、耳を塞いで、急いでベッドに潜り込んだ。

侑が寝室に入ってきて、着替えを取って。
シャワールームへと行ったのを確認して。

コートと、お金と。
衝動を手にして、最低限の荷物と一緒に家を出た。




夜は、昼間よりも随分と冷える。
とりあえず、今日はビジネスホテルにでも一泊しよう。
明日、侑が家を出た頃合いに荷物を纏めにいけばいい。
幸い、実家に帰っても部屋は空いているだろうし、職場にも通えなくは無い。

考え事を終えても、中々変わらない信号に痺れを切らして、私は近くの歩道橋へと歩を進めた。

階段を10段ほど登った時だった。
靴の踵が段に引っかかったのと同時に、突風に煽られてーー気づけば宙を舞う感覚が体に走る。

やばい、落ちる!!
衝撃に備えて目を閉じることしか出来ずに、体が大きく傾くのを感じたーー




ーーはずだった。


「あっぶな!」

背中を支えられた感覚、逞しい腕だけじゃ無くて、なんだか見に纏う空気さえも暖かく感じる。

支えのお陰で体を立て直すと、大声でアホ!!と怒鳴られた。
逆光のせいで見えなかった声の主の顔を見上げると、そこには、見慣れた顔。

「あつ!!……む?」

見慣れているはずなのに、なんだか顔立ちが幼い気がするのは気のせいだろうか。
高校時代のブレザーによく似た装いと、いつものセットとは違って下された前髪。

「は、なんで、」

「ほんまに…ボケッと他所見せんと!気ぃつけや!」

「うん、ありがとう…」

「焦ったぁ〜…」

ありがとうだけど、何その格好?!
高校生のコスプレ?そんな痛いことするタイプじゃないでしょ!?

「コスプレ?」

「何言うてんねん、ショックでおかしなった?」

「いや、おかしいのは侑でしょ」

「は?」

目を見開いて、侑が固まる。
いや、おかしいじゃん!

「…なんでもええけど、授業遅れるで。」

授業?
侑は私を置いて、先に階段を登っていく。
授業って何?てか、どこに行ってんの?

訳もわからないまま、着いていく。
見覚えのある、階段。廊下。
でも、それは何年も前のことで。

混乱した頭で階段を駆け上がる途中、踊り場の鏡と目が合った。
あれ、私こんな化粧っ気無いっけ?
すっぴんで家出たから?いや、それにしては肌が綺麗だ。

目線を動かすと、ブレザーと、短いスカート。私の動きに伴って動くそれは、確実に私を映したもので。

「…嘘でしょ?」

思わず、手に抱えていたペンポーチと、教科書を落としてしまった。
てか、教科書って…
映画や、漫画だけの話だと。俄に信じがたい現実を目の当たりにした時、人間はそうやって思うのだと20年以上生きてきて、初めて知った。






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