いかがなもの?.
寝とる名前を起こさへんように、慎重に…慎重に、そっとベッドを抜け出した。 深夜2時。隣で眠る名前がスプリングの軋む音に眉を寄せた。あかん!起こした…か? 慌てて動きを止めて、名前の胸が呼吸に合わせてゆっくりと上下するのを見て、俺もほっと一息。
「セーフ…」
ベッドサイドの引き出しには、コンドーム。 いや、今はこれを取り出したいんとちゃう!!これもこれで良いけど!ちゃうから!! ーー取り出したのは、リボン。 白いリボンは、名前が高校の時に初めてくれたプレゼントについとったやつ。なんとなく捨て切れずに取っておいたのが、ついに役立つ時が来た。おかんもプレゼントのリボンとか紙袋とか、そういうの無駄に取ってたもんな。こういう時んためか。
そっと、リボンを名前の左手の薬指の下に潜らせる。
「ん、…」
「頼むから、寝返り打たんといてやー」
こちとら、Google大先生に『指輪 サイズ 測り方 こっそり』って検索かけてきてんねん! 糸とペン使うってどうなん…?って思って、北さんに聞いてみたら「リボンとかのがええよ。糸やとどこに印つけたかわからんくなったしな。」とアドバイスまで貰って挑んだ今回。
「絶対、失敗できへん…」
寝返りを打ってしまった名前に合わせて、もう一度リボンを通す。 そっと結んで、手の震えを感じた。マーカーで印をつけようと、ペンのキャップを抜く。 よし、あとは印をつけるだけや…!!
「あ、つむ…?」
名前の目が微かに開いて、俺の目と合う。寝ぼけ眼な時は、ふにゃっと柔らかくなる目つきは、今も昔も同じように可愛くてたまらない。 でも、今はちゃうよなー…!?なんっで起きる!!いつもはぐっすりやんけ!ここ3日のイメトレん時はばっちし寝てたやん!?
「なに、してるの?」
「ね、寝返り…」
「…ベッド抜け出して、しゃがみこむ寝返りがある?」
「関西人はそういうとこあんねん…」
「えぇ…そうなんだ…ってならないよ。」
完璧起きてもうてるやん…と、俺は諦めてペンにキャップをした。
「なんか、お互いに目が覚めちゃったね。」
「最悪なことにな…」
俺がベッドに頭を乗せるようにして項垂れると、名前がそっと撫でてくる。度重なるブリーチのせいで、軋む髪を解くように撫でる手つきは、名前独特のもんで。落ち込んだ気分がいくらかはマシになる。
「ねぇ、侑。私お腹空いちゃったな。」
「太るで。」
「うるさい。けど…そうだね、ココアでも淹れようかな。飲み物なら許される気がする。侑も飲む?」
「飲むぅ…」
名前が起き上がって、布団の中とは違う部屋の気温に首をすくめた。 その寒さを紛らわせるように、後ろから抱きついて歩いてみる。歩きづらいと文句を言いながらも嬉しそうな声音は、素直やない。
レンジであっためた簡易ホットミルクに、ココアの粉を溶かしていく。 並ぶマグカップは、同棲を始めたての頃に浮かれて買ったもの。黄色のが名前で、紺が俺ので、デザインがおんなじ。俺はもっとコテコテのペアでええやんと言ったけど、名前があまりにも恥ずかしがるもんやから、譲ったった。
「はい、どーぞ。」
「ありがとう。」
テーブルを挟んで、名前がココアを啜るのをながめる。 カップに添えられた手の薬指には、白いリボンがちょうちょ結びにされていた。
「それ、」
「ん、結び直した。」
「くっっっそ恥ずいからやめてくれ…」
あかん、ダサすぎる。 サラッとサプライズで指輪嵌める予定が、完全にバレておちょくられる男って…穴があったら埋まる!確実に!!いっそ誰か埋めてくれ!!
「嬉しかったんだよ。」
「はぁ?」
「指輪くれるのかなって思ってたけど、違った?」
「そうですけどー!?」
「指輪、サイズ、測り方、こっそり、だっけ。」
「なっ、なんで…!」
「実は検索してたの知ってる。画面見えてた。」
ごめんね、と笑う名前は、可愛さ余って憎さ百倍すぎる。 手を伸ばして、名前の左手をとった。白いリボンを解いて、空いた薬指に小さく口付ける。
「つ、びっくりした…」
「ハァー…時間巻き戻したい。もっと名前が結婚とか意識しとらん時に、こっそり測って、プロポーズん時はホテルの最上階でパカってやんねん…」
「試合後の野外の方も、私は好きだったよ?」
「変わり者やなぁ。」
「指輪は一緒に選びに行こ。ちゃんとお揃いのやつを。」
「…おん。」
不貞腐れてリボンを弄ぶ俺と、嬉しそうに頬を緩ませる名前。深夜2時半、ココアの湯気と甘い匂い。 誰かに幸せってなんや?と聞かれたら、幸せとは、こういうのを目一杯詰め込んだもんやと答える。 その日は、付き合いたての時みたいに手を繋いでベッドへ戻った。朝がくるまで、離すことはなかった。
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