時間旅行のツァーはいかが?.
久しぶりに訪れる会場には、熱気が溢れていた。 ブラックジャッカルは、ここ最近、著しい人気を誇っている。 グッズや、レプリカのユニホームで賑やかな応援席に腰掛け、侑を目で追う。高校時代よりも明るくブリーチをした髪は、目立ってわかりやすい。
「あ、」
バチっと目が合った気がして、思わず声が漏れた。 こんなに多くの人の中から、大して目立たない私を、見つけられるはずがない。
試合開始のブザーが鳴って、相手のサーブから試合が始まった。 日向くんがレシーブ、そして、侑の頭上へとボールが上がる。侑の五指が柔らかくボールを受け止めて、逆サイドへと力強く放った。放物線を描いて、佐久早さんが打つ。 勢いよく相手のコートへと、ボールが落ちた。
拍手や歓声で湧く応援席の中、一人。 私の頬には、次々と涙が伝った。
試合が終わり、ファンサービスが終わるまで待つようにという連絡を見て、物販を見たり、外を歩いたりして時間を潰した。 そろそろかな、とスマホを見ると、丁度2、3分前に着信が入っていた。
「…どこかと思ったら、外って。風邪引くやろ。」
侑がベンチコートを脱いで、私の肩にかけた。 スポーツ選手に風邪を引かせる訳にはいかない。 寒いから大丈夫だと断ろうとすると、侑はええから!と譲らなかった。
「ありがとう…それから、おつかれ。」
「おん。」
ブラックジャッカルは、今回は惜敗だった。 侑が負けた時には、私はあまり言葉をかけない。励ましも応援も、どの言葉も私がかけるべきものでは無いと思うから。 いつも、ただこうやって隣に居るだけ。
「泣いてたやろ。」
「え?」
「1点目決めた時、泣いてたやん。」
「な、なんでわかったの?」
あの時の私は、応援席の中の一人に過ぎない。
「応援席、名前がどこ居んのかとかすぐわかる。…もう、俺の知らんとこでは泣かせんからな。」
なんで泣いたん?と問われても、私はうまく言えない。 ただ言えるのは、これだけ。
「私、やっぱり侑のバレーが好きだなって。」
そう思ったら、涙が勝手に落ちていた。
「…次は絶対勝つし、俺は日の丸を背負うぞ。お前に絶対おもろいバレー見せたる。」
「うん。…楽しみにしてる。」
まっすぐな背筋、目線。 きっと侑は、これから歩んでいく道を見通しているんだと思う。侑の歩んでいく隣に、私が居れたらいいのに…と思い描く。
勢い良く、二人の間に風が吹いて、落ち葉が舞った。 風に弄ばれてぐしゃぐしゃになってしまった私の髪を、侑の綺麗な指が掬う。 頬に触れた手は、冷たくて。少し震えていた。
「俺は死る時までバレーが一番や。ほんでバレーの次に大事なんは、お前や。これは一生変わらへん。」
侑は空いた左手で、私の手を取った。 薬指の根本が甘やかになぞられる。
「やから、最後の最後まで隣に居ってくれ。」
最後の、最後まで。侑の歩んでいく隣に、私が居て、いいの?
「今のって…プロポーズ?」
確かめるように尋ねると、侑はぶっきらぼうに目を逸らした。気温のせいか、照れのせいかは言及しないけれど、耳に朱が差している。
「名前がそう聞こえるなら、そうなんちゃう?」
「…仮にもプロポーズで二番目ってどうなの?」
「プロポーズにツッコむなや!!」
「プロポーズ、なんだ。」
茶化すようにそう言えば、侑が私の頬を軽くつまんだ。
そっか、私はこれからも侑の隣に居ていいんだ。 釣り合いとか、そんな他人の尺度なんてどうでもいい。侑の過去も現在も未来も、ぜんぶ欲しい、なんて我儘かもしれない。それでも、私は侑と一緒にいたい。
「…返事は、」
繋がれた手を引いて、背伸びをして。返事の代わりに触れるだけのキスをする。 柔らかく触れた唇の感覚は、ひどく懐かしい。 驚いて目を見開いた侑の顔は、ぶわっと赤く染まっていて。
「顔、あか…」
「赤なるやろ!普通に!」
侑は顔を隠そうとしながらも、繋いだ手は離さない。 そんな些細なことに嬉しくなってしまう。
「…そろそろ、侑んとこ帰るから迎え来てくれる?」
「行く!」
「その時、挨拶とかしようか。…侑のご両親にもご挨拶したいし、予定合わせないとね。」
「せやな、会社とかにもちゃんと言わなあかんし…広報の人にも話つけな!」
「忙しくなるね。」
パァッと嬉しそうな表情に、私もつられて笑ってしまう。
「指輪とか選びいきたいし、あと届けって役所やったっけ行かなあかんな!」
手を繋いだまま歩きながら、少し先の未来のことを話し合った。
過去のことを懐かしんで、未来を思い描きながら、現在を生きる。その全てにお互いがいる。そんな愛しい時間旅行をこれからも繰り返して、生きていく。 まだ何も無い薬指が、その予感を感じさせた。
prev next
TOP
|