君の家.




実家に帰って、怪我を治すために通院をしながら過ごす。
最近は忙しく、身体を休めることを疎かにしていた。そのせいか、いざ休んでみると、時間の流れは思ったよりもゆっくりとしている気がした。
持て余す時間に、考えるのは侑のこと。
一日の中で行う思考に、侑が占めている割合が大きくなっているのは、高校生の時以来だ。

「…こんなにLINE確認するのも、」

侑が、事あるごとにLINEを送ってきてくれるから、ついスマホを手放せない。
朝はおはよう、夜はおやすみ。それ以外にもお昼ご飯は何を食べただとか、チームメイトの話とか。
連絡をマメに出来ない侑が、こんなに沢山のやりとりをしてくれることが嬉しくて、次の便りが待ち遠しくて。

あまりにもスマホと睨めっこをしているものだから、母から車で整骨院に送られた。
私の職場でもあり、今は治療する場にもなっている。
骨に入ったヒビは軽いものだったし、捻挫と合わせて超音波を当てれば、治りが早くなる。

「こんにちはー!…あ、名字さん!超音波今他の人が当ててるから、待合室で待ってて」

同僚の言葉に、待合室のソファーへ。そこには見覚えのある先客がいた。

「佐久早さん、こんにちは」

「…こんにちは。」

担当していた患者の佐久早さんは、私を見て眉を寄せた。

「怪我、」

「あぁ…ちょっと階段から落ちちゃって。今は休んでるんです。代理の担当からお伝えしてなかったですか?」

「聞いてる。」

「佐久早さんは遠征は…」

「仕事の都合で、明後日から合流。メンテナンスに来た。」

メンテナンス、こまめに通ってくれている佐久早さんらしい。関節の柔らかい人は、怪我をしやすくもある。そう解説してから、佐久早さんはより通う頻度が高くなった。

「宮から、聞いてねぇの。」

「いま、ちょっと別居中で。ほら、こんな状態だし、侑はもう遠征なので。」

「ふーん。」

佐久早さんは侑から聞いたのか、私と侑の関係を知っている。

「宮が、凹んでたと思ったら、調子良くなってムカつく。」

「はぁ…?」

「しばらく意識戻んなかったらしいな。」

うまく内容が掴めない会話。佐久早さんは言葉足らずだから、よくあることではある。
きっと、私が階段から落ちて、気を失っていたことを言っているんだろう。

「名字さんが戻ってきてから。調子のりやがって、いつもみたいな「ほい、どうぞ」って感じのトスが上がるようになった。」

「…そうですか、」

「俺には「ここまで飛んでみろ」ってトスあげてきやがる。」

「それは…」

なんとなく、侑がすみません…と謝ってみるけれど、佐久早さんのイライラは治らないらしい。

「あんたの存在が、あいつにとっては大きいんだろうな。…見た目は小せえくせに。」

「佐久早さんに比べれば誰でも小さいですよ。」

「…怪我、早く治して。名字さんのがマッサージ上手いから。」

代理の担当には申し訳ないないけれど、嬉しい言葉をもらってしまった。

早く治さなきゃな、佐久早さんのためだけじゃなくて、侑のためにも。
毎日、怪我の具合はどうかと尋ねてくる侑は、心配してくれているんだろう。
早く治して、侑のバレーボールが見たい。
佐久早さんがムカつくくらいにキレキレのトスが見たい。




治療を終えて、家に着いたくらいに丁度侑から電話がかかってきた。

「もしもし」

「俺や。」

「オレオレ詐欺みたいだからやめなよ…」

「振り込んでくれるん?」

「私よりもずっと稼いでる癖に、何言ってんの」

ちぇー、なんて子どもみたいに言ってみせた侑に、別れると決めた時には、こんなやり取りをするなんて思っても見なかったと、なんだか不思議な気持ちになる。

「名前」 

「何?」

「呼んでみたかってん。」

「なんなの、もう…」

こんな付き合いたてみたいな、くすぐったい会話。
タイムトラベルでもしたみたいだ。

「なぁ、まだ帰って来ぃひんの?」

「まだ怪我治ってないし。帰っても侑は遠征先だからあんまり意味ないじゃん。」

「意味ある。…名前がおんなじ家居ってくれるだけで安心感ちゃうもん。」

「安心感?」

どういう意味?と聞き返してみると、侑はあ"ー…とバツの悪そうに唸った後、大きく息を吐いた。
そんなに言いにくいならいいんだけど…。

「俺の、恋人で居ってくれるんやなって、安心する。」

いつものうるさい声から一転、頼りない静かな声だった。口籠るような小さな。なんだか侑が、自分の柔らかいところを曝け出してくれたみたいに思えた。

「あれやで、どっかの誰かさんが別れよう言うて来たからやで?不安で侑くん寝られへん!」

「不安なんだ?」

「別に!まだ俺は別れるいうてへんからな!まだ恋人やし!」

そっか、私たちはまだ恋人なんだ。
本心に沿っていない「別れたい」という私の言葉は、侑には受理されていない。

「侑」

「なんや」  

「呼んでみたかっただけ。」

「っ、なんっやねん!」

まだ、恋人でいてもいいんだろうか。
侑の隣に居たいと、侑だけが欲しいと、そんな事をいっても許されるなら。
私は、侑を好きなままの私で居たい。






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