タップダンス.




侑の帰りは遅くて、お店を閉めた治君の助手席に座り車に揺られる。

「なぁ、ほんまにええんか?」

「うん、いいの。」

侑との家に向かって貰う道中、治君は何度も私に尋ねる。私はその度に揺らぎそうな決心から手を離さないように、頷いた。

「ツムと別れるんか?」

「…わからない。」

「別に距離置かんでも、ええんとちゃう?」

そうかも。距離を置くくらいなら別れればいい。
でも、別れるという選択肢は、私には取れなくて。侑がその選択肢を取ってくれたなら、なんて思う。

最低限の荷物をスーツケースに詰めて。二人の家の扉を閉めた。

実家までの道のりを治君の車に揺られながら、思う。
侑は、すごい人。
近い将来日の丸を背負って、世界と戦うような人。
類い稀ない才能と、その才能を磨くことを怠らない、一つのことを突き詰めるような人。
私は、侑にとってバレーボールが一番で、バレーボールをするために生きてることを知っている。
…だから、自分みたいなちっぽけな存在が、侑の邪魔になってはいけないことも知ってる。

「ほら、着いたで。」

「ごめんね、ありがとう治君。」

シートベルトを外すために手をかけると、治君はその手をそっと掴んだ。

「どうしたの?」

治君は水仕事を重ねて荒れぎみだから、重ねられた感触は違えど、この双子は、手ひとつ取ってもよく似ている。
形、大きさ、体温。DNAとは恐ろしいものだ。

「…ツムに、ちゃんと言えよ。別れたいわけちゃうって。」

「…うん。」

「信用ならんな、今言え。今」

電話をかけるように言われて、発信ボタンに手をかけた。コール音はプツリと途切れて、ツーツー…と無機質な音が続く。

「通話中みたい、」

と、治君にへらっと笑って見せると、すぐに着信音が鳴り響いた。応答するために、画面に指を滑らせるとーー『無事か!!どこおる!!』大声でそう言われた。

「お、さむ君と一緒に…」

『サムとおるん!?…っお前は…!ほんま…寿命縮まるか思うたわ!!』

サムに代われ、と荒い呼吸まじりの声で侑は続けた。
運転中だから、スピーカーをオンにする。

「おう、なんや」

『…ほんまに一緒ならええわ。どこおるん、』

「名字の実家に向かっとる最中や。あと10分くらいで着く。」

『実家…って、名前は』

「お前これから遠征続きやろ、怪我人を一人で生活させるより、実家帰って休んどくのがええやん。」

『…それはそうやけど』

「名字がお前に愛想尽かして出てったんちゃうかって、焦ったんやろ?お見通しじゃ、アホ」

アホって…お前!と電話越しに声を荒げた侑を無視して、治君は話を続けた。

「それもあながち間違えとちゃうかもしれんなぁ。ほれ、名字。」

ちゃんと言いや、と治君は私に目線を向けた。
スマホを手にして、侑…と呼びかけると、侑の息を飲み込む音が聞こえた。

「私、侑と距離を置きたい。」

『…それは、別れるのと何がちゃうん?』

「私は、侑のことが好き…だから。」

好きなんて、久しぶりに言った。口にすれば、じわじわと実感が広がって、なんだか泣きそうになる。
私は侑のことが好き、それは変わらない事実として私の胸の中にある。

「侑の重荷になりたくない。侑が私と別れたいと思うなら、別れる。」

ドク、ドク…と、脈を一つ一つ拾えるくらいに、時間がゆっくりと流れているような錯覚がした。
侑の返事を聞くのが怖い、そう思っている時点で。
私は侑を手放したくないんだ。

『アホか!!』

「は、」

『何が重荷じゃ!ぼけ!!俺に愛想尽かしたならそう言え!!』

響く怒号に、私も頭に血が登った。

「好きだって、言ったじゃんか!いま!好きだから、邪魔になりたくないんだって!」

『俺は!お前のこと邪魔とか言うた覚え無いぞ!』

「釣り合わないって、言ったでしょ!電話でっ」

ピタ、と侑は怒鳴るのをやめて、いつや?と尋ねた。
なんだか、いつか見た夢を思い出す。

「の、飲み会から帰ってきた日。」

『…お前が出て行った時か。』

「うん。」

侑は少し間を置いて、深呼吸をした。
クールダウンをしようとしているような、でも少し震えた息の音。

『あれは、お前が俺に釣り合わんってことやない。…俺が、お前に釣り合わんってことや。チームメイトに言われてん。…そろそろ結婚とかどないすんねんって。』 

結婚、たしかそんなワードが出てきていた。
結婚は無理という言葉に傷ついて、侑との将来を夢見ていたのは私だけなのかと寂しくて。

『名前に、前言うたやん…俺。名前は、私とバレーどっちが大事なん?とか言わんよなって。そしたらお前、そんなわかりきっとる事聞いて、どうするんやって言うてた。』

「それが、どうしたの」

『お前よりも、バレーが大事やって。俺は、平気でそんな事言うような男やぞ。』

何を言ってるんだろう。冗談抜きで、そう思った。
侑に「お前は私とバレーどっちが大事とか聞かんよな」って聞かれた時に、そりゃあそうでしょと答えたのは、聞く必要が無いからだ。私とバレーなんて比べる土俵が違うものを比べたって仕方が無い。

「私が好きな侑は、バレーをしている侑だから。侑からバレーを取ったら、それは侑じゃない。」

バレーをしてる侑が好きなんだ、私よりもバレーを選ぶたろう侑のことが全部ひっくるめて好き。

「私がいなくても、死にかけたとしても。大切な試合があったらバレーを優先する。そんな侑がいい。」

だから、侑がトスを上げないと聞いた時に、離れなきゃと思った。

「侑のバレーに私が重荷になるのは嫌。だから、離れたい。」

『…俺のバレーに名前は関係ない。戻ってこい。』

「やだ。」

『ええから戻ってこいって!』

「嫌だってば!」

戻ってこい、嫌だ…そんなやりとりを繰り返していると、治君が私の手からスマホを奪う。

「痴話喧嘩は止め!ええかげん駐禁取られるわ!…怪我治るまでは、名字は実家や。ほんで、その間にツム!」

『なっなんや!?』

「お前は、名字が安心できるように…遠征と試合全部勝て!」

『全部は無理やろっ』

「うっさいぼけ!痴話喧嘩に付き合わされるこっちの身にもならんかい!!」

そう怒鳴ると、ブツっと通話を切って。治君は車を走らせた。






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