時間旅行.
また、この夢か。 名前が目覚めないまま、4日たった夜。 眠りにつけば…高校時代の風景と、これは夢やという自覚。もうウンザリや、夢やなくて現実の名前に会いたいんやこっちは…と思っていても、名前が笑っている夢に安らいでしまう俺が居る。
朝練終わりか?と、なんとなく夢の中での自分の状況を察して、教室へと向かう。
「お、っ名前、はよ!」
「おはよ、」
…なんや、今日の夢での名前はおかしい。下手くそな笑みを浮かべている。何かを隠しているような表情。 教室に入った時にクラスメイトが、生物の課題をやってきたかを尋ねてきたのを思い出して、その話題を振ってみる。話の流れの中で、名前が教科書を忘れたというのを知って、珍しさを感じた。 こういうの、ちゃんとしとるやん。
その違和感は正しかった。 生物室への移動、一人で歩く姿。そして、故意にぶつかられて…階段から落ちていく名前。 間一髪で腕を掴めたものの、心臓が壊れるくらいに動悸がした。
「…おい、ぶつかったんなら謝れや!!」
そういえば、名前が嫌がらせを受けていた時期があった。もしかして、今はその時期にあたる夢を見ているのかもしれない。 保健室に連れ込み、名前の顔を見つめる。
「宮く、」
「なんか変やなと思っとった。名前が元気なさげやったり、やたら人にぶつかっとったり。教科書忘れたりとか、無いやん。」
取り繕うような表情。あぁ、もう…ほんまに。 名前のこんな表情も、そうさせてまう俺も嫌いや。
「…なぁ、俺頼りない?」
「え、なにっ、」
ずっと、そう思っていた。 高校の時だってそうやし、今も。 名前が仕事で忙しくしている事も、日に日に濃くなっていく隈も、知っとった。 俺に頼れ、と言いたくても言えない。大人になるにつれ、言葉にする事は難しくなっていく。俺も名前も言葉はどんどん足りなくなっとんのはわかっとる。 それでも。
「俺やって、好きな子には頼られたいし。知らんとこで無理されるのは嫌や」
高校生の俺だから、言える。
「頼って。そんで俺の知らんとこで泣かんといて」
俺が、言いたかったこと。 バレーは大事や当たり前。でも名前のことも大事なんや。だから、知らんところで泣かんといてくれ。俺が涙を拭えへん。 願うように名前の目を見つめると、水滴が下睫毛に溜まっていて。ぽろぽろと、零れ落ち始めた。
「な、えっ…、怖がらせた?!すまん!!」
「ちが、違くて…っ」
あかん、女子高生泣かせてもうた!! ティッシュ、ティッシュ取ってくるから!!と立ち上がった手を取られる。
「そばに居てっ、ほしい、」
「えっ…と、」
されるがままに。名前の隣に腰掛けると、思い切り肩に頭を寄せられた。 結構な石頭やから、痛い。スポーツマンの身体にこんなこと出来るんはお前くらいやで?!…と、思いながらも、涙を流し続ける名前にどうしていいかわからへん。もう、どうしたらええんや…!
「え〜…なぁ、好きやから泣き止んで〜」
「…っ、どこ、が好きっなの…!こんな、釣り合ってないのに、」
はぁ!?お前っ…ええ歳なんやぞこっちは!! 渋ると、答えてくれないと泣き止まないと脅された。 心の柔いとこくすぐられとるような感覚を押し殺して、決心する。
「雰囲気と…でも一番は指先、やな」
こんなこと、初めて言うた。
「爪伸ばさんと、角ないように整えとるやろ。…名前友達に言うてたやんか。患者さんに触れるから、傷つけへんようにしとるって。」
爪を整えとる時に、俺のこと良く思っとらんやつから、パフォーマンスやろ?と聞かれた事があった。 それにくっそムカついて、ささくれ立っていた時に、名前が隣の席でそう言ったのを聞いて。
「なんか、俺と似たもん感じた。そっから気になって、雰囲気とかええなって、そんな目ぇ引く美人とはちゃうけど、好みやって。」
「最後の一言、余計じゃない!?」
正直、治に着いていった整骨院で見た、ナース服っぽい制服もなんかエロくてええなぁと思った…ということは伏せておく。
「目で追ってたら、好きになってん。釣り合っとるとか釣り合わんとか、そういうので選んどる訳ちゃうで」
「…釣り合わないって、言った」
「言うわけ無いやろ。俺がいつ言った?」
名前が俺に釣り合わんとか、思ったことすらない。 名前に釣り合っとらんのは、俺や。
「…夢の中で」
「なんっやねん夢かい!…俺、夢の中でも言わんからな?もしそれっぽい事聞いたとしたら、絶対誤解やから!」
拍子抜けしてしまう。 なぁ、それ絶対誤解やから。
「夢…で、確かめるっ勇気、無かったから…不安で、ごめん」
そう言う名前の涙を雑に拭って。 なんとか笑うてくれんか、と内心頭を抱えると同時に、なんだか堪らない気持ちになる。 俺、やっぱり名前の事が好きや。
小さな顎を指先で掬い、唇を重ねる。 懐かしい感覚と共に、目を開ければ…やっぱり都合の悪い夢や。シンとした一人の部屋。
着信をつげる機械音だけが響いていた。
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