そこで途切れた.




高校生の頃の距離は、あんなに近かったのに。
元々近くて遠い距離だと思い込んでいれば、こんな気持ちにならずに済んだのに…と考えてしまうのはあまりにもリアルな夢のせいだ。

いつから、こんな風に距離が離れてしまったんだろう。

侑がプロになったから?お互いが忙しくなったから?
それらしい色々な理由を考えてみるけれど、どれも少し的からは外れていて。
ぽたぽたと落ちる涙を眺めながら、考えてみる。
それでも、わからないまま。

「…名字、大丈夫か、」

開けてええ?と、襖越しに尋ねるのは治君の声。
しゃくりあげてうまく言葉を紡ぎあげられずにいると、開けるで、と宣言された。

「飯食べよ。胃びっくりせぇへんように、雑炊作ったったで。」

ちょお待っとってなと言いながら、治君は盆に乗せた土鍋と、取り皿を持って部屋に入ってきた。
泣いてることには触れず、ちゃぶ台にそっと配膳してくれる治君の背中は、侑の背中とよく似ている。筋肉の大きさとか、支える背骨のラインとか。

「ほら、一緒食べよ。」

「治君、お店は…」

「ランチタイム過ぎて空いてきたし、バイト君に任せとる。夕方の営業に備えて、俺も飯食わんと。」

治くんが取り分けてくれた鮭雑炊に、手を合わせて口に運ぶ。お米の柔らかい甘味と鮭の塩味が、ほっと体に熱を広げた。

「…おいしい、」

「せやろ。お墨付きやねん。」

「だれの?」

「俺の。」

誇らしげな顔に、楽しみながらすごく素敵な仕事をしてるんだなぁ、と思う。
食べ終えてご馳走様と一緒にお礼を言うと、気前の良い笑顔をくれた。

「…ほんで、俺は聞いてもええの?」

「え、…っと、」

「治さーん!!ちわっす!!!」

私が言い淀んだとき、店内の方から大きな声が響く。
治君がいらっしゃい!!と声をかけて、襖を開けば、その先には明るい橙色の髪をした男性がひょっこりと顔を出す。

目があって、その人はハタ、と体の動きを止めた。

「…す、すっいません!!その、出直してキマス!!」

「ちょ、翔陽君絶対いらん誤解しとる!!」



少し遅めのランチメニュー、おにぎり3種とお味噌汁セットを頼んで、日向君は、すみません俺早とちりしちゃって…と申し訳なさそうに謝る。
気にしてないことを伝えると、とても元気なお礼が返ってきて、すごく素直な子なんだなと思った。

「侑さんの彼女さんだとは…」

「はは、気軽に名前って呼んでね。」

彼女さん、と呼ばれるのが今はちょっと苦しくて。名前で呼ぶようにお願いすると、治君が俺も名前って呼ばせて貰おかな、なんて茶化す。

「…で?翔陽君はどないしたん。飯食べにきただけとちゃうやろ?平日の真っ昼間に、わざわざ奥に居るとこ呼んで。」

「あー…ちょっと、侑さんの事で。名前さんもよかったら一緒に聞いて貰えますか?」

侑の事。
聞きたいような、聞きたくないような気持ちで、それでも日向君の聞いてほしいという言葉に、席を外さずに留まった。

「侑さんが、トスを上げないんです。」

「は?」

治君が、意味がわからないとでも言うような声をあげる。侑がトスを上げない。それは私達にとっては、宮侑のバレーを知っている人にとっては俄かに信じがたいこと。

「…どういうこと?」

「スパイク練とかの普段の練習で今はトスを上げないって宣言してて。昨日の練習試合は、ベンチに。」

私達が驚いているのを見て、日向君は、スパイカーには上げないって事みたいで、一人でトス練してるのは見たんですけど…と早口で付け加えた。

「理由は聞いてへんの?」

日向君は、お冷を一口飲んで言った。

「『今は半端なトスしか上げられへん、半端なトスでスパイカーの調子狂わすんはあかん。』…って。ブロックとか、サーブとか…トス以外の練習はしてるから怪我は無いと思うんですけど。」

スパイカーへの、愛。侑はそれに溢れた人。
だから日向君が言った言葉は、あまりにも侑らしくて。

「それ、いつから?」

「1週間とちょっとくらい前から…っすね、」

「なるほどな」

1週間と、少し前。
丁度私が歩道橋の階段から落ちて、そのまま気を失っていた期間と重なる。

「…ちょっと色々遭うてな、多分そろそろ回復するんとちゃうかな。」

「…そう、ですか、?」

「今日は、翔陽君は午後休なん?練習は行く?」

「はい。午後休貰ったんですけど、試合前なんで練習には行きます。」

「ツムの様子見て、どんな感じやったかLINEして。」

「わかりました!あ、ご馳走様です!それじゃあ、また連絡しますね。」

「おん、おおきに。」

日向君が暖簾をくぐるのを見送ると、治君は綺麗に平らげられたお皿を下げる。

「おい、名字お前顔ひどいで」

「え、そうかな」

「別にお前のせいとちゃうやろ。ツムのメンタルが糞なだけや。」

糞って…、治君は侑に負けず劣らずの口の悪さだ。

「ねぇ、治君。」

「おん」

「お願いがあるの」

治君は、私のお願いという言葉に手を止めて、まんまるな目を私に向けた。







prev next
TOP
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -