最後の部屋は.




二人で話せるやろ?と言ったくせに、宮君は何も言わない。
ただ隣に座って、私の顔を見つめている。
なにこれ…?

沈黙に耐えきれなくなって、俯いていた顔を宮君の方へと向けた。
当然目が合って、合わせたのは私なのに驚いてしまう。

「宮く、」

「なんか変やなと思っとった。名前が元気なさげやったり、やたら人にぶつかっとったり。教科書忘れたりとか、無いやん。」

なぁ?と宮君の目は笑ってなくて、なんだか圧を感じる。
侑も稀に纏う空気。ヒヤッとするような、威圧感。

「…なぁ、俺頼りない?」

「え、なにっ、」

宮君は腰を上げて、私の背にある背もたれに手をついた。両腕に囲われて、コツンと軽く額同士を当てられれば、目を逸らすことも出来ない。

「俺やって、好きな子には頼られたいし。知らんとこで無理されるのは嫌や」

瞬きが聞こえそうなくらいの距離のせいで、きっとそんなに時間は立っていないのに、一瞬一瞬が長く感じてしまう。

「頼って。そんで俺の知らんとこで泣かんといて」

わかった?と念を押されて、小刻みに何度も頷くと、満足したのか宮君は額を離して私の頭を撫でた。

ほっとすると同時に、宮君に言われた言葉がじんわりと喉を下って胸の奥へと広がっていく。釣られて目頭が熱くなって、涙が下睫毛から零れ落ちた。

「な、えっ…、怖がらせた?!すまん!!」

「ちが、違くて…っ」

ティッシュ、ティッシュ取ってくるから!!と私から離れていこうとする宮君の手を取る。
今は離れないで、なんて大人げが無いかな。

「そばに居てっ、ほしい、」

「えっ…と、」

そのまま手を引くと、宮君はどうしていいかわからないようで、されるがままに。
私の隣に腰掛けた。

私は頭突きかというくらいの勢いで、宮君の肩に頭を寄せた。
いった!!という声なんか知らない。
ただ、そうしたかった。

「な、も〜どうしたらええの、俺…」

俺が知らんとこで泣かんといてとか言ってた癖に、宮君も侑も、私が目の前で泣いたら慰めるのが下手くそだ。

「え〜…なぁ、好きやから泣き止んで〜」

「…っ、どこ、が好きっなの…!こんな、釣り合ってないのに、」

え"〜…それ答えなあかん?という宮君に、答えてくれないと泣き止まないと伝えると。
宮君は刈り上げた髪を掻きながら顔を赤らめた。

「雰囲気と…でも一番は指先、やな」

指先…?
涙を拭っていた手を、色々な角度で見てみるけれど、何も特別なものは無い手だ。
綺麗に爪を伸ばしている訳では無いし、指は特別長くも細くも無い。

「爪伸ばさんと、角ないように整えとるやろ。…名前友達に言うてたやんか。患者さんに触れるから、傷つけへんようにしとるって。」

整骨院のバイトは、マッサージをする事は無いけれど、器具の付け外しなんかで人に触れる。だから、爪は短めに切るようにしていた。

「なんか、俺と似たもん感じた。そっから気になって、雰囲気とかええなって、そんな目ぇ引く美人とはちゃうけど、好みやって。」

「最後の一言、余計じゃない!?」

美人とは違うかもしれないけど…!!
思わず出た言葉に対して、宮君は悪びれもせず、素直なもんで!と笑う。

「目で追ってたら、好きになってん。釣り合っとるとか釣り合わんとか、そういうので選んどる訳ちゃうで」

真っ直ぐな瞳が私を射抜く。
その瞳は、あの日釣り合わないと言った侑と同じものなんだろうか。

「…釣り合わないって、言った」

「言うわけ無いやろ。俺がいつ言った?」

思っていたことが口から溢れていたみたいで、宮君は眉根を寄せた。
誤魔化すために、少し考えて。

「…夢の中で」

「なんっやねん夢かい!…俺、夢の中でも言わんからな?もしそれっぽい事聞いたとしたら、絶対誤解やから!」

「そう、かな」

「そうに決まっとる!」

そうだったらいいのに。
そう思うと、またポロリと涙が落ちる。

「夢…で、確かめるっ勇気、無かったから…不安で、ごめん」

馬鹿になった涙腺のせいで視界が滲む。
もう、ばか、宮君を困らせたくないのに、止まらない。
さっきから泣いて、泣き止んで、また泣いて。

「大丈夫や!」

「う、ん…あり、がとう」

「あ〜、もう目ぇ擦らんとき!腫れるやんか〜…」

ほら、一回目瞑り!!と言われて、目を閉じる。
シャツの袖口で、丁寧に涙を拭われれば睫毛が擽ったく感じて。
風の吹いて、カーテンが揺れる音。蛇口から落ちる水滴の音。それからーー


柔らかく触れた、唇の感覚。


それがひどく懐かしくて、胸の奥が痛んだ。








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