いかがなもの.
「侑、昨日デートやったってほんま!?」
朝練を終えた宮君が教室に入ってきた瞬間に、ムードメーカーのようなポジションの男子が言った言葉に、クラスの視線が集まる。
「なんやねんお前、まずは朝の挨拶が先やろ!」
「おはよう!で、ほんまなん?!」
宮君が、チラッと私に視線を向けた。 私は、どう反応していいかわからなくて、軽く首をかしげるという曖昧な反応を返す。
「…俺もデートくらいしますぅ〜!」
「彼女居るとか言ってなかったやん、水くさいな!なぁ、同じがっこ?」
「事務所から言うな言われとるんで、」
ドサッと荷物を投げやりに机に置いてスマホを取り出した宮君に、もう聞いても無駄だとわかったのか、男子達はバラけていった。
通知を知らせる振動を感じて、電源ボタンを押す。
宮侑:なんか、俺が名字さんと歩いとる写真が出回っとるらしい
宮侑:名字さんとはバレてへんみたいやけど
せめてものマスクと、少しのイメチェンが功を奏していたことに安心感を覚えつつも、宮君が申し訳なさそうに眉を下げているのを見て、こっちが申し訳なくなる。
宮侑:やっぱ、隠さなあかん?
宮君と高校生の私は、付き合って間もないけれど、侑と私はもう何年も一緒にいる。 だから、ラインのメッセージでも、大体思っている事はわかる。 ここで、隠さなければダメだと答えたら、きっと宮君は傷つくんだろうと。
宮侑:ごめん、なんでもない
中々返事を送らない私に、宮君から来たメッセージが、胸を刺す。
「宮君、」
「っな、何?どないした?」
少し声を潜めて言う。
「…いい機会だし、言っても大丈夫。」
「ほんま?」
「うん。」
予鈴が鳴って、先生が教室に入ってきた所で、話は途切れた。
宮侑:ええの?
確かめるようなメッセージに、思わず笑ってしまう。隣を見ればこちらを伺う表情があって。いいよ、と送れば、それがぱぁっと明るくなった。
「ミヤアツと付き合ってるって、ほんまに?名前、全然接点無いかと思ってた」
昼休みに別のクラスの友達から尋ねられて、もうそこまで広まっているのかと驚く。 同じクラスの人達は、宮君からの圧で私の方に話を振る事はない。 けれど教室を出れば確かに視線を感じる気がした。
移動教室、音楽室へと足を運ぶ。 吹部が強いおかげで、稲荷崎の音楽室は広い。その分、別館にあるから移動距離も伸びる。
「…ほら、アレ。侑の彼女らしいよ」
「は?めっちゃ地味やん」
「ぶっさ」
渡り廊下ですれ違い様に、そう聞こえた。 やっぱりか…と、一度経験した事だからそう傷つきはしない。
学生にしては派手なメイクに、脱色された髪。何もしなくとも髪に艶がある、そんな若い内のブリーチは、大人になると勿体ないと感じるもんだな、なんてしみじみ思った。
「…名前、大丈夫?」
一緒に歩いていた友達も聞こえたんだろう、心配そうにこちらを伺う顔は優しい。
「あ…うん、大丈夫。ねぇ、今の人って先輩だよね?」
「確か…チア部の3年生やないかな、見たことある」
「そっか」
色々な覚えがあって、少し頭を抱える。 とりあえず、今日は上履きを持って帰ろうと決めた。
「ねぇ、名前に聞いてもええ?」
「ん?何?」
「宮君のこと、好きやったん?」
きゃー、聞いてもた!と顔を赤らむ友達の様子からするに、きっと、少し暗くなってしまった雰囲気を変えようとしてくれたんだろう。 不意打ちの質問に、え"!と思わず声が出た。 好き、か。うん。…改まって聞かれると恥ずかしい。
「…うん」
「告白したのは宮君から?名前から?」
「宮君から…」
なぜかわからないけれど、私達が付き合い始めたきっかけは侑からの告白だった。 ーー『名字さん、彼氏居らんなら俺とかどう?』 今思えば、告白なのか?と思えてしまう台詞。もっと、好きとかなんとかあったんじゃ…?と思う。
「なんか、意外でええなぁ!今度色々聞かせてや!」
チラリ、と私の後ろを見て友達が言う。 その視線の先には宮君が居て。気を遣ってくれた友達は、先行ってるなー!と駆け出してしまった。
「結構広まるもんやな、大丈夫?」
「うん、いつかこうなってただろうし。大丈夫。」
少しの沈黙があって、宮君は口を開いた。
「…なぁ、名前」
久しぶりにこの声で呼ばれた名前。 呼応するように自然と、侑、と私の口が動いた。 宮君は目を見開いて、その返しは想像しとらんやった、と零す。
宮君がくしゃっと笑うのが、なんだか変な感じがした。ただ名前を呼んだだけで、喜ばれる時があったんだな、と。
…最後に名前呼んだの、いつだっけ。 呼ばれたのもいつだったかな。
どうして、そんな事すら思い出せないんだろう。忙しくてもすれ違っていても疎かにしてはいけなかった、大事なことを突きつけられるような気がして胸が痛んだ。
prev next
TOP
|