甘い吐息.
お昼ご飯はカフェじゃ無くて、レストランの方へ。 きっと大丈夫。一応マスクで顔を隠しているし、レストランに入る前に周囲を確認した。
パスタを食べて、宮君と一口シェアしたりして。 本当は食べるの早い癖に…私の様子を伺いながら、ちまちまとフォークを動かす宮君に気づいたのは、フォークを置いてからだった。 侑はいつも先に食べ切って、こっちが食べているのをじっと見てたから。 最初の頃はこうだったんだ、と不思議な気持ちになる。
お会計が、食後の軽い化粧直しをしている間に済ませてあったのには、歳下の男の子に奢らせてしまった…という小さな落ち込みと、それでもその気持ちへの嬉しさが混じった。
なんだか、デート一つでコロコロと気持ちが揺さぶられてしまって忙しない。
「…お腹いっぱいやし、歩くより座ってゆっくりせぇへん?大水槽の前、座れるとこあるみたいやし。」
イワシの群れをエイがひらひらと横切る。 シュモクザメはそれを我関せずと、逆方向を向いてのんびりと泳いでいる。
「なんか、デートって感じだね」
私は、周りチラホラといる肩を寄せ合いながら水槽を眺めるカップル達を見渡し、そう言った。
「…せやな。」
宮君の金髪に水槽の青い影が差す。 いつもはどこに居たって目を引く金色が、ぼんやりと馴染んでいるように見えて。
今なら、少しくらいくっついても目立たないだろうし…いいかな、なんて思いながら、そっと宮君の肩に頭を寄せる。
なんで男子って、特有の暖かさがあるんだろう。 男女の筋肉量の違いとか、多分そんなのから生まれる体熱の篭り方の違いが、くすぐったくて。思わず、きゅっと繋いだ手に力が入る。
「そ、れは…反則やろっ、!」
「反則?」
宮君が堪えるように、小さく上げた声の意味が分からずに復唱すると、ハァ〜…と溜息を吐かれた。 …かと思えば、「ほんま、アホ」と不名誉な言葉を言われ戸惑う私の耳元に、宮君は顔を寄せる。
「かわいすぎんねん、」
「…かっ、何、急に!」
「ほんまにタチ悪いわ、さっきから無自覚でやっとるん?」
宮君の潜めた声が、鼓膜を揺らす。 この声の方がタチが悪い。触れられてもいない首筋を撫でられたような気がして、ぞわぞわする。
「…その反応もあかんで?」
吐息に混じる色香に当てられて、顔に熱が集まってしまう。それが、今も昔も、私が侑に翻弄されるのは決まり切っていることを示しているようで悔しい。
そっと侑の袖を引いて、さらに近づいた頬へと口付ける。 柔らかな感触に不織布の隔たりを感じて、自分がマスクをしていた事を思い出した。
失敗した奇襲が恥ずかしくて、身を引こうとするけれど、それは宮君の腕に阻まれた。 私の肩を、大きな手が覆う。
「ほんっ、まに…どこで覚えてきたん?」
どこでって言っても、私が知ってるのは宮侑だけ。恋しい、切ない…愛しいだって、全部ぜんぶ教えてくれたのは侑だ。
「…俺ばっか余裕ない、」
「宮君だけじゃないよっ、余裕ないの」
余裕が無いのは私の方だった。 本当に初めて侑とデートした時は、侑のほうが余裕に見えたから、私ばっかり好きなんだなって、そう思っていた。
「私も、全然余裕なんて無くて!…普段も、宮君と付き合ってるのが私でいいのかなって、そんな事思っちゃうくらいで。勝手に沈んだりしちゃうし、そんくらい余裕無い、」
言っている内に、侑に思っていた事を宮君にぶつけてしまっているような気がして、何言っちゃってるんだろう…と羞恥心が込み上げてくる。 …でも本当に、ずっと余裕なんてないのは事実だ。 尻すぼみになって言った私の言葉を聞いて、宮君は、何故か嬉しそうにフッフと笑った。
「…なんや、同じなんやな」
「え、」
同じって?と聞き返したけれど、その声は届かなかったようで、宮君は立ち上がった。 差し出された手をとると、いとも簡単に引き上げられる。
「イルカショー始まるんやて、行こ?」
逆光で顔は見えないけれど、きっと宮君は笑っているんだろうなというはしゃいだ声音だった。
…同じって、宮君も私と同じように思うことがあるんだろうか。 青に囲まれた薄闇の中に、真相は紛れて。 同じだったらいいのにな、と胸の隅で淡い期待が生まれた。
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