好きやで.




夏休み。
わざわざこんな暑い日に三者面談をするなんて、とぼやきながら、お母さんと一緒に校舎の中を歩く。

3年生の夏。
受験に向けて、一番大切な時にあたるその時期は高校最後の夏でもある。
信介は、今頃部活だろうな。
こんなに暑いのに、さらに暑い体育館で体を動かすなんて…。よほど好きじゃなきゃできない事だ。

信介が頑張ってるんだから、私も頑張らないと。

「名字さん、こんにちは。あ、お掛けになってください。」

先生が私とお母さんが座ったのを確認して、進路希望調査票を出す。私の字が並ぶそれを見て、先生とお母さんは目を見合わせた。

「…私は、」



ーー三者面談が終わって、お母さんに先に帰っててと伝える。
どうしたの?と聞かれて、友達と帰るからと返すと、じゃあお母さんも会って帰ろう!なんて言われてしまった。

「信介くんでしょ?」

「わかってるなら、先帰っててよ…」

「やだ、お母さんも会いたい」

「今度連れてくるから!」

「すまん待たせた…っ、こんにちは」

タイミング悪く、信介が来てしまった。
お母さんは嬉しそうに挨拶を返して、世間話をはじめる。

「信介くん、部活?お疲れ様!」

「ありがとうございます。面談お疲れ様です。」

「暑いけど、帰り送って行こうか?」

「あぁ…お気遣いありがとうございます。すいません。名前どないする?」

「二人で帰るから!先帰って!!」


やっとのことでお母さんを撒いて、信介と二人きり。

「…ごめんね、お母さんが。めっちゃ信介のこと気に入ってて!」

「ええよ、嬉しいし」

信介が眉を下げて笑いながら、私の髪に触れる。
汗で少し張り付いた前髪を掬い、暑いなぁとまた笑う。軽く触れた指先がくすぐったくて、胸がきゅんと高鳴る。

「三者面談、お疲れさん。」

「…うん、ありがとう。」

正門を出て少ししたら、どちらかともなく自然と手が触れ合う。
夏休みだから、人は居ない。二人の間に響くのは蝉時雨だけ。

「ほんで、話って?」

「うん。進路のことで。信介は…地元だっけ。農学部って、結構偏差値高いよね」

「おん。まぁ、やりたいこと決まっとるから。そこに向けてやるだけやな。」

繋いだ手の、中指にあるペンだこ。
信介の努力の一片に触れているような気がしてくる。

「名前は?」

ゆっくりでええよ、と甘やすように信介が言う。
それは、私の悩んできた時間や不安だとか、そういうのをひっくるめて全部知ってくれているような優しさを含んでいて。

「…あのね、信介」

「おん。」

「私、東京に行きたいんだ」

信介みたいになにか明確なやりたい事がある訳ではない。見つからなくて、見つけたくて。
ただ、それだけ。

「自分になにが出来るのか、出来ないのか…そういうのが知りたくて。」

そのために、一人で違う土地に行ってみたかった。
生まれて幼い時まで過ごしてきた土地へ、もう一度行ってみたい。

「好きやで」

唐突な言葉に、え?と思わず声が出た。
念を押すようにもう一度、好きやで?と言われて、私も好きだけど…なんで今!?

「俺と違って明確な目的が無いし、遠距離なるしとか色々考えとんのやろ。」

図星を突かれた。
信介と比べちゃうし、離れちゃう。でも行きたいし…なんて考えて、落ち込んで。
そんなのを見透かされているのが恥ずかしい。

「俺は、名前が行きたくてご両親が賛成しとるなら何を迷う必要があるんかなって思う。」

「うん、」

「遠距離とか、そんなん気にする必要無い。」

足を止めて、信介が私と向かい合う。
軽く背をかがめて、私の目を覗き込むように見る瞳はまっすぐで。

「名前がどこ居っても…俺が名前のことを好きやっていう事実は変わらん。」

変わらんよ、と確かめるように言われて、なんだか泣きそうな気持ちになる。

「名前は?」

「私も、変わらない」

「なら、心配することある?」

「…無い、かも」

「かもってなんやねん、俺が浮気でもすると思う?」

思いがけない言葉に驚いていると、冗談だと告げられる。いつか、大耳と尾白が「信介の冗談はわかり辛いねん」って言ってたっけ。

「浮気はしないと思うけど、言い寄られそう…」

だって、信介はかっこいい。
真っ直ぐで揺るぎなくて、強くて。
そんな信介を好きになる女の子はいっぱいいる。
きっとその中には私よりもずっと魅力に溢れる人もいるんだろう。

「そんなん、名前も一緒やで。可愛いし、ほんまええ子やから。いつ掻っ攫われるか気が気や無い。」

「…そんなこと、」

「ある。」

「ないよ!」

「ある。」

なんだか進路の話から、バカップルのような会話になってしまったのが可笑しくて笑ってしまう。

「名前はわからずやみたいやし、ゆっくり時間かけてわからせていこかな。可愛ええとこ順番に挙げてこか。」

「わからず屋、って…!」

目を細めて笑う信介を見て、自分が揶揄われていることに気がついた。
恥ずかしくてくすぐったい気持ちと、ちょっとだけ嬉しく思ってしまう気持ちを抱えながら。
私は赤くなった頬を暑いという言葉で誤魔化した。









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