男は皆狼やで!?.
「え、まだキスしてへんの!?」
裏庭掃除、と言っても桜の舞う春はとうに超えて日差しが激しい夏には掃くべきものが無く。 ここ最近の掃除時間はなんとなくホウキを持って立っておくだけ。
そんな中で、最近北とはどうなのかと尋ねられている内に、踏み込んだ質問が飛びはじめて…冒頭の台詞に戻るという訳だ。
「まだって…遅いのかなぁ…?」
「付き合ってあと2ヶ月で1年やろ?とっくにしてるもんやと思っとった…」
「まぁ、北やしなぁ…」
キス、か。 言っても名前で呼び始めてからもそんなに立ってないし…手を繋ぐこともやっと馴染んできたってくらいで。 信介だって、キス…なんて考えてないだろうし!
「認識甘すぎ。男は皆狼やで!?キッスからその先まで妄想しとるはずや!」
「いや、でも北やしなぁ?」
そう、信介だし。そんな妄想してる訳ない。
「今日一緒に帰るんやろ?チャンスや、名前!かましたれ!!」
結構な力で背中を叩かれ、激励されてしまったらーー
「すまん、お待たせ。」
「勉強捗ったから大丈夫だよ、ッ」
部活を終えた信介の、唇に目がいく…って駄目だ!!意識したら! 信介って…唇薄めなんだな…って、駄目だって!! ぶんぶんと首を振りながら、煩悩と戦う私の顔に影が落ちる。見上げれば、覗き込む信介の顔。
「どした?さっきから百面相して。」
「…違う違う!違うから!」
「…ほんまに大丈夫?」
「大丈夫!!ほんまに!」
ふふ、ほんまに?と信介が笑いながらいう。 弧を描いた口元が…って、また見てるし!! 煩悩退散!煩悩退散!! 疚しい気持ちを祓うようにぎゅっと目を瞑ると、手元に、きゅっという感覚。そのまま腕を引かれて、体が信介の方へと傾く。 すぐ隣を自転車が通り過ぎて行って、少しヒヤっとした。
「ちゃんと気ぃつけて歩き。ふざけて目瞑ったらあかんよ。」
幼児へとお母さんに言い聞かせるように、注意を受けてしまった。同い年の彼女のはずなんだけど…。
「あ、すまん。」
「え、なにが?謝るの私の方だよ?」
「ちゃう、その…手汗、気になるかと思ってな。」
「全然気になんないよ。部活頑張ってきた後だし、夏だし。…それに、信介色々気つかってくれてるから。」
先ほど手を握られたことで、一瞬触れた腕は季節のせいで軽く張り付くように感じられた。部活後だから少し湿っけのある皮膚の感触と、信介の意外にもしっかりと浮き出ている血管を伝う汗。それでも嫌な匂いはしなくて、ミント系の制汗シートの香りがふわっと香る。
「男子も、手汗とかそういうの気になるの?」
「男子も…とか、そういうんとちゃうよ。俺の場合は相手が名前やから気になる。」
好きな子にはマイナスイメージ持たれたくないやんか、と冗談なのか本気なのかはわからないけれど、信介はそう言った。
「やから、相手によるんやない?」
そっか、相手によるのか。 そう思えば、生温い夏風に乗って香るミントの香りが嬉しくなってしまう。
「今度はニヤつくんやな?」
「信介がかわいいからね」
そう言って手を取ると、信介はもっと深く指を絡めてきて。所謂、恋人つなぎってやつだ。学校からは離れてるし、いいかな。私も指先を重ねる。
「…かわええのは名前の方やろ。」
俺はかっこええて褒められたいわ、と拗ねるように呟く信介に、私の胸はきゅんと音を立てる。 かっこいいなんて、いつも思ってるよ…なんて恥ずかしくて言えないから、繋がれた手に力がこもってしまう。
「なぁ、今日…なんか塗っとる?」
「なにか?」
「口んとこ、プルプルしとる」
プルプル…というなんだか信介らしくない擬音に、友達からもらったリップの事を思い出して頬に熱が集まる。いつもとは違って、少し色味が華やかで艶があるそれに、信介が気付くとは思わなかった。
「…へ、変っかな、」
「いいや、うん」
「どっち!?」
否定なのか肯定なのかわかならい返答に、なんだか急に恥ずかしくなってきて、リップを空いた手の甲で拭おうとする。けれど、それは信介によって阻止された。
「…うん、ええな。うん。」
うん、ええわ、うん。…となんども繰り返される頷きに戸惑うしかない。いや、変じゃないならいいんだけど!そろそろ辞めてほしい!!恥ずかしいから! 赤らむ私を見て、信介がこれまた嬉しそうにハッハと声を上げて笑う。
「かわいいとか言うからやで?反撃や。」
絶対におもしろがってるよ、もう! ちょっとムッとして、睨むような視線を向けると信介は悪戯っぽく口角を上げて。大耳に聞いたんやけどという前置きをしつつ、言った。
「なんや、掃除時間えらい楽しそうに話とったらしいやん。」
「そうじ、」
掃除時間ーー『今日一緒に帰るんやろ?チャンスや、名前!かましたれ!!』 嘘、大耳聞いてたの!?そんで信介に言ったの!? 引き始めていた熱が、また顔に集まってくる。
「き、きす、したいとか…信介っも、…思う?」
「そんな照れんといてや、移るやんか…」
見れば、信介の顔も赤い。汗が伝う首筋にも赤みがじんわりと広がっていて。
「…俺、嘘ついてもうたわ。」
「うそ?」
「緊張、ってこんな感じなんか…」
「え、なに、どういうこと!?」
「…手ぇ震えて敵わん、」
ほら、と言って信介が私の頬に手を触れる。微かに震えているそれで、下睫毛を掠めるようになぞられてしまえば、ごくりと私の喉は嚥下する。 ほんの一瞬、目を閉じる間もなくーーふに、と柔らかい感触と、メンソレータムのふわっと残る清涼感。
「…あかん、のぼせる、」
ふぅ、と一息吐く信介を目の前に私は固まるしかない。遅れてやってくる熱に浮かされて、頭がくらりとする。キス、した。
「大耳、ちょっと!!」
「おぉ、おはよ。」
朝練を終えて、席についた大耳に文句を言おうと詰め寄ると、ニヤニヤした顔を向けられた。
「…お熱いこって〜」
なんなの、この大男!シナを作るな!! 小声での茶化しに、軽く肩を小突くと折れたわ〜なんていう大耳にムカつく。
「信介には感謝されたんやけどなぁ?」
そう言われれば、昨日のように顔に熱が集まってしまうのだった。
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