時間くれへん?.
今日の大会では、準決勝、3位決定戦、決勝…というように、勝ち上がった学校同士の試合を行うらしい。
去年テレビで見た全国大会よりかは、吹奏楽部の規模や、応援に来た生徒の数は少ないけれど、稲荷崎のギャラリーは他の学校に比べて多いみたいだ。応援席は埋まってしまっているから、立ち見になってしまうくらいに。
同じ体育館で、女子も戦うらしく、探せばキャプテンの彼女もすぐに見つかった。 ウォーミングアップ?かな、エンドライン周辺で高く上げたボールを、飛んで、打つ。まっすぐな軌道を描き、相手のコートへとボールは吸い込まれていった。 ナイッサー!の声で、サーブ練習だったと言うことがわかる。
「凄い…」
「あ、名前さん。」
「え、角名君!?…ここ、観覧席だよ?」
「最初の試合、終わったんで。今から女子の応援です。」
他の人達は?と聞くと、角名君は応援席を指差す。 確かに、吹奏楽部の斜め前の方にいるのは男子バレー部だ。その集団の中に、北も居る。
「最初の試合、見てなかったんですか?」
「あぁ…、ちょっとバスがね。」
乗り換えを間違えたなんて言えない。 ぼやかして答えると、笛の音が女子の試合が始まることを知らせる。ちょっと助かったかも。
「北さん、珍しく応援席見てたし。名前さんの事探してるみたいでしたよ。」
「…乗り換え間違ったって言っといて。」
「了解です。」
オッホホ、と角名君は不思議な笑い声をあげながら返事をした。
試合が始まっても、私の隣で一緒に立ち見をしている角名君。もっと前で見なくてもいいの?と尋ねると、女バレには興味ないし、席は密集してて熱いとのこと。
「…それに、一人で見るのってアウェーでしんどくない?名前さん、バレー好きって訳でもないでしょ。」
角名君はそう言ってくれて、さりげない優しさを感じる。そうやって結局、試合が終わるまで居てくれたのは正直ありがたい。
「じゃ、次俺ら試合なんで。決勝はあそこのコートだから、席取るなら早めに行ったがいいかもです。」
「ありがとう、がんばってね!」
そして、男子決勝。
さっき試合を終えて、3位になった女バレも加わり、応援席は賑やかだ。 応援席の前の方にはやっぱり一人では座り辛くて、後ろの隅っこに座る。
「名字さんやん。あ、隣ええ?」
「いいですけど…もっと前で見なくていいんですか?」
「もう席埋まっとるし無理やもん。」
声をかけたのは、先程までコートで活躍していた彼女。隅に座っているため一つ開けることも出来ずに、私は隣に座る彼女を拒めなかった。 まぁ、拒む勇気も無いけど…!
コートでは北が指示を出し、ウォーミングアップが始まる。主将らしい一面が、なんだか新鮮だ。
「信介、ウチに”なんでも話せる”言うてくれるんよ。」
突然言われた言葉に、は?と思わず声が漏れた。
「最近、信介と上手くいってないらしいやん?」
「…私たちのことなんで。」
不躾な問いかけへの答えは、図星を突かれたといってるも同然で。ふーん、と言う彼女は少し口角を上げた。
「名字さん、今日の帰りは信介と?」
「多分、その予定かと…、」
「帰り、少しだけウチに時間くれへん?」
なんで?そう思って彼女を見ると、真っ直ぐな視線。 睨むような、射抜くようなそれを相手に目を逸せずに、私も見つめた。
「信介に、告白するから。」
大きな笛の音、試合が始まる合図が鳴る。 事態を飲み込めずにいると、彼女は妖艶な微笑みを浮かべた。
「一応、彼女サンには言っとこと思って」
「どういう…」
どういうこと?と聞こうとしたけれど、シーっと、人差し指を立てられる。 試合始まる、と呟いて彼女はコートへと目を向けた。 前下がりのショートヘアのせいで、横顔はうかがえないまま。
角名君のスパイクで点が決まり、盛り上がる応援席とは反対に。私の心は黒いモヤがかかるように曇っていった。
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