ええなぁ、青春や.




北から拒絶されるのが怖くて。
なんとなく避けてしまったまま、数日が経った。

最近は雨ばかり降って湿気で髪の毛が上手くいかないし、登校するときに靴から染みた水のせいで靴下は湿ってるし。元気を出そうにも、中々調子が上がらない。

「なぁ、名字。」

授業間の休み時間に突っ伏していると、名前を呼ばれた。久々だな、と感じながらも、意地と臆病が邪魔をして顔は上げられない。

「名字、無視せんといてくれ。」

寝ている事にしよう、と寝たふりを決めたけれど。
それは叶わなかった。

机に投げ出した手、その指先に北の指が小さく絡められる。意外と太くて関節の一つ一つが大きな指は、軽く触れているだけなのに存在感が強い。

「…名前。」

少し詰まったように、発せられたのは初めての呼び方。思わず顔を上げれば、北は、口元と目尻をふっと緩ませた。

「やっとこっち見た、」

「な、何っ!?」

やっとこっち見た、じゃないでしょ!
何、今の!?まだ絡めたままの指先と、あまり見た事のない悪戯っぽい表情に、私の心臓はそれはもうバクバクで。

「あぁ、用件先に言うわ。今度の日曜、大会あるから来てくれ。」

単刀直入に告げられた用件とやらに、拍子抜けしてやっと落ち着く。

「…なんでこの状況で、頼み事できるの?」

嫌味半分、純粋な疑問がもう半分。
いや、嫌味の方がちょっと多くて6割くらいかもしれない。投げかけた言葉に返ってきたのは、もっと訳がわからない返事だった。

「大会の後、喧嘩しよ。」

「はぁ?喧嘩って…今してるんじゃ…?」

今してるのを喧嘩と言わず、何と言うんだろう。
頭にハテナマークが浮かぶくらいのデフォルメはされていいと思う、それくらい意味がわからない。

「こういうんとちゃう、ちゃんと言いたい事言い合うやつ。今度の日曜までに箇条書きにでもして、考えといて。」

「それって、喧嘩って言えなくない、?」

箇条書きってなんだ。議論でもする気?
淡い北の瞳を伺うけれど、真剣そのもののようだ。

「それから…試合の間は応援しとってほしい。名字が居ると頑張れんねん。まぁ、出るかはわからんけど…多分出るやろ。」

きゅ、と絡められた指先に力が込められる。

「ちゃんと喧嘩して、ちゃんと仲直りしたい。」

仲直りしよう、じゃなくて、したい。
名残惜しむように離された手とその言い回しから、北も不安を感じているんだろうか、なんて思った。
席に戻っていく背中は、やっぱりしゃんとしている。

「ええなぁ、青春や…」

後ろの席から大耳がぼやくように、否、からかうように呟く。真面目なように見えて、やっぱり大耳も関西人。面白がられているのがわかる。

「仲直りも近そうで、なんや安心したわ。」

ジロリと睨むと、すまんすまんと口先で謝られた。
ちょっとムカつく。

「私が行かなかったらどうすんだろ。」

「それでも待つんやない?」

なにそれ。

「…ねぇ、日曜って何時から?」

そう尋ねると、吹き出された。いく気満々やないか、と茶化しながらも、大耳は細やかな字で時間と場所を付箋に書いてくれて。まだ行くかわかんないからね、と念を押しながらそれを受け取る私に、また吹き出していた。




授業が始まって、作業的に板書を書き写す。
予習は済んでいる箇所だから、先生の話は右から左へと流れていく。

私が北に言いたいことってなんだろう。
不満、不安。寂しさ、愛しさ。ここ最近の心の動きを、名前と呼んでくれた、あの響きの堅さを反芻しながら考える。

…ちゃんと喧嘩をして、仲直りをして。その先には、前の私たちじゃなくて少し距離が縮まった私たちがいたら嬉しい。
名前と呼ぶ北の声の堅さが取れて、私も同じように信介と呼んで。当たり前みたいに名前で呼び合えるようになりたい。ノートの端の空いた箇所に、小さな白丸を書いて。名前、と2文字。
日曜日までには箇条書きになっているはずだ。
白丸を続けて2、3個書くと、板書が思いの外進んでいて。私は慌ててシャーペンを走らせた。








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