あかん.
「北は、最近部活忙しそうだね。」
数少ない一緒にいられる時間。水曜日の昼休みは、北と昼食を共にする。 先ほどの授業で、一度だけ軽く欠伸をした北を見て思った事を言うと、彼は咀嚼を終えてから、そうやなと言った。
「帰り待つの、やっぱりダメ?」 「遅なるから。」
少しかわいこぶって行ってみたけれど、ピシッと断られてしまった。この顔は、何を言ってもだめなやつ。 彼女の、少しでも一緒にいる時間を増やしたいといういじらしいお願いは、北には効かないらしい。
「あかん?」 「あかん。」
この地方に越す前は標準語圏に居たから、私の関西弁はエセ中のエセだ。 なぜか、北は私のエセ関西弁が好きらしく、たまに使うと効果的なのだけれど…今日はだめだった。 しょげてみせれば、北はふふと笑って卵焼きを一つくれる。お婆ちゃん作のしょっぱい卵焼き、大好き。
「信介〜!」
貰ったそれを口に運んだところで、アルト調のよく通る声が響く。卵焼きのおかげで浮上していた気分が、一気に落ちる。 見なくてもわかる。教室の後方のドアに、女バレの主将がいるんだろう。北は視線をちらりと向けてから、行儀良く弁当箱を片付けた。
「すまん、ちょっと行ってくるわ。」
「はーい、」
承諾すれば、北はよっこらしょ、とでも言いそうな様子で立ち上がり、彼女の所へと向かっていった。
当然、おもしろくない。 彼女は前下がりのショートヘアがよく似合って、ボーイッシュと言うよりも美人という言葉がふさわしい。 背も高くて、北と並べば5センチ程しか差が無いスタイルの良さを持っている。 平均身長で、あんな風にショートヘアにしてしまえば 輪郭ガッツリやばたにえん案件な私は卑屈になる他ない。
「…いつもこの時間、」
北に近づく女子全てに嫉妬するわけじゃない。 いつもこの水曜日の昼休みにだけ、彼女はやってくる。故意なのか、ただの習慣なのかは定かではないけど、やっぱり面白くない。 てか、連絡事項なら長くない? もう昼休み終わりますけど?
結局、予鈴ギリギリまで北は戻ってこず。 結構時間かかってたね、と遠回しに責めてみたけど、大会前やからな、という返事に、嫌味が通じてないことがわかっただけだった。
「大耳、さっきのどう思う?」
先生が中々やってこないから、後ろの席の大耳に尋ねた。どう思う、というのは、北と女バレ主将のこと。 さっきの、で伝わったのか、大耳は苦笑いを浮かべた。
「水曜日は女バレと男バレが時間でコート分けて使うから、主将同士、打ち合わせあるんやろ。」
「うわ、めっちゃ正論…」
「まぁ、そんな話す事あるか?とは思うけどなぁ。」
一応寄り添う姿勢で相談に乗ってくれる大耳は優しい。ちょっと困ったような顔にさせてしまって申し訳なく思うくらいだ。
「信介に言えばええんとちゃう?もうちょっと一緒におって、とか言い方工夫すれば、アイツも聞いてくれるんやないかな。」
「絶対正論パンチくるよ…『俺が付き合っとるのは名字だけやさかい〜、別に気にせんでええやんけ〜』って。」
「エセ関西弁やめ」
丸めたノートで、軽くはたかれる。 白刃どりをしてみせると、おお、と感心された。 いやいや、それほどでも…と少し得意になってみたけど、心は晴れない。 3列挟んで2つ前の席の北に目をやれば、ざわつく教室の中で、背筋を伸ばし教科書をめくっていた。
「…不満あるなら、ぶつけて見るのも一つの手やない?」
「そうかな…」
「喧嘩になったら慰めたるよ。」
先生が来たことで、その話は仕舞いとなった。
喧嘩、かぁ。 喧嘩は付き合ってから今までしたことがない。 北は私が悪い事をした時、たしなめることはあっても感情的に怒りはしないし。 私が北に怒れることなんてない。 部活や勉強を言い訳にせずに、きちんとマメに連絡だってくれる上に、私の為に時間を作ってくれる。
不満はないことは無いけど…。 望みすぎだ。私が少し我慢をすればいいだけ。 そう、それだけ。
退屈な5限の授業が終わって、帰宅に向けて荷物をまとめていると、北に声をかけられた。
「どうしたの?」
「なんかあったんか?」
いや、なんかあったのは北の方では…? 北は不思議そうにこちらに目を向けるけれど、突然すぎてなんのことやら。
「慰めたる、って聞こえたから。なんかあったんかと思って。」
あぁ、さっきの大耳の。 合点がいったけれど、ちょっと困った。 なんて答えればいいんだろう。
「…えっと、その、古文の小テストね!そう!点数悪かったから!」
「あぁ、山崎先生のか。」
「うん、大耳得意だから、古文!次点数取れるように慰めてくれた!」
自分的には苦しい言い訳も、北には納得いったらしい。普段あんまり勉強してなくてよかった。
「中間テスト前は、部活も休養日増える。教えたるから、安心し。」
幼い子どもをあやすように、北が私の頭にポンポンと触れる。 先ほどまでモヤモヤしていた気持ちも少しだけ晴れたような気がした。
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