ちゃんと.




「信介、名字最近元気ないで。」

部室へ向かう途中、練が言った。わかっとる、と言いたい所を堪えて、「…せやな」とだけ返す。

「喧嘩したんやって? 信介はしくじらへんっちゅーイメージあるし、なんか意外やな。」

「…バレーは練習で出来るなら試合でも出来る、シンプルや。ちゃんと練習して、不足を補う。それがバレーにおける問題解決やろ。」

「おう…まぁ、せやな。」

「恋愛はそうはいかんから、弱っとる。」

恋愛に正解は無いらしい。
俺には、最適解を求めるための経験も無い。

「仲直りせんの?この間、名字が声かけとったやん。あれから、話し合いしとらんのか?」

この間ーー「北、あのさ…昨日のことなんだけど、」そう言う名字の声は少し声が震えていた。
休み時間の終わりも迫っとったから、ちゃんと時間作ろうと思って。話が長くなるのかどうかを尋ねたが、
名字がした傷ついた顔に、戸惑ったのを覚えている。

「なんか、あれから避けられとう気がすんねん、」

あの顔を思い出すと、話しかけるのを躊躇してしまう自分が居るのもあって、話が出来ていない。
その旨を伝えると、練は大きく溜息をついた。

「…名字から話聞いた感じ、お前ら”ちゃんと”喧嘩出来とらん気がするわ。そりゃ、仲直りも難しいよな。」

そこまで言った所で、部室に着く。
扉を開ければ、後輩たちの挨拶に紛れて話は終いになった。




自分が不甲斐ない。
ルーティンとして行なっている、トイレ掃除は残すところは洗面台だけ。鏡に写る自分に対して、そう思った。

それなりに、名字との関係はうまくやっとった方やと思う。色恋沙汰にはあまり詳しくない。そんな俺も、部活で時間が作れない時にはマメに連絡したり、たまに一緒に昼飯食ったり。好意をちゃんと行動や言葉に乗せて伝えるとか、柄でもない事もしていた。名字の事は、彼氏としてちゃんと幸せにしてやりたいと思っていた。

ーーそれなのに、泣かせた。

クレンザーを流しながら、蛇口から流れる水を見て、あの雨の日を思い出す。あれからもう3日が経つ。名字とは、まだ上手く話せんまま。何か言葉を放ってしまえば、自分の不甲斐なさ、器の狭さのせいで名字を傷つけてまうような、そんな気がする。

「…どうすればええんやろ、」

「なにがですか?」

呟いた声は、思いの外、人に聞こえるもんやったらしい。鏡越しに映るのは、侑。

「別に…こっちのことや。」

「ふーん…ぁ、手洗っても?」

「ええよ、今終わったとこやから。」

侑が軽く水道を捻って手を濡らし、一度止める。
石鹸にかけた手の指先の爪が、きっちりと整えられとるから。自然と目が行く。
侑は、あんま見んとって下さいよ、と言いながら胡散臭い笑みを浮かべた。

「…北さん、角名に対して色々言ったりしないんですね。」

皮肉にも、”色々”がさす意味がわかってまう。
名字と侑は接点はあまり無いはず。この言葉になんの意図があるのか。

「なにを言うん?」

「彼女さんの事。ここだけの話ですけど、あいつ、結構気に入っとるんやないかって噂ですよ?」

試合中、相手の前衛を煽る時によう見る表情。
煽りにきたんか、面白がっとるんか…或いは両方か。
頭の中で情報を捌きながらも、フツフツと自分の中から形容し難い感情が湧いとるのがわかる。

「ほんで?…それが事実やったとして、俺は角名に何を言えばええの?」

「さぁ?俺の女に手ぇ出すなとか、ぁ、彼女さんには俺以外見んなや〜とかですかね、」

再び蛇口を捻りながら侑が言った。
水を受けて、石鹸の泡が侑の手を伝って流れていく。

「相手になんか言うよりも、俺が変わればええ事や。」

「北さん、自分の許容範囲を広げたらいいって考えるタイプですか?俺は彼女できても、喧嘩ばっかで長続きせーへんけど…相手に自分が思っとること伝えた結果やから、しゃーないなって思ってます。」

「言いたいことあるなら、端的に言うてくれんか。」

「フッフ、大分キてますね。…許すって、お利口さんなように見えますけど、ちゃんと向き合った結果ですか?それ。」

洗い終えた手を軽く振って済まそうとするのが気に食わんかったのもあるし、遠回りな言い方がムカついたのもある。つい、口調が強くなった。それに対して侑から出てきた言葉に目を見張った。

「俺が変われば…言うのも、なんか期待されてへんみたいに聞こえますよ。」

やっぱり、侑は胡散臭い笑みを浮かべていた。
侑が言いそうにない、やけに納得させられる言葉がひっかかるのは、多分気のせいやない。

「…成る程な。角名に言っといてくれ。入れ知恵、有り難く受け取っとくわって。」

「…!どっから気づいとったんですか!?」

「お前がまともな説教できるとは思えん。なんとなく、や。」

侑や無いなら、角名やろ。多分。
名字との接点は知らんけど、角名は懐いとるみたいやし…と、軽くそんな考えを巡らせれば、なんかイラッとした。

俺に足りとらんのは、ちゃんと向き合うこと。不足がわかれば、補える。
とりあえず、今からは部活や。切り替えるために、ゆっくりと目を閉じて、開く。ふぅっと息を吐けば、鏡に映る自分は少しだけマシに見えた。








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