慰めよか?.




雨の中、走って帰ったからと言って北は学校を休むことは無かった。普段から体調管理を大切にしてるもんな…風邪を引かなくてよかった、と内心ホッとする。

あの後、一人で雨の中を歩いて家に帰り、眠りにつけば。翌朝、すっかり冷静になってしまった頭をかかえて目を覚ました。
携帯を確認するけれど、北からの連絡は無くて。

「はぁーー…やっちゃった、」

その一言に尽きた。

一限は古文。前方の席でまっすぐと伸びる北の背筋は、ノートを取ろうと黒板に目を向けるたびに、視界に入る。
出来るだけ視界に入れないで、黒板だけ見えないかなと無謀なことを考えていると、トントン、と背中をつつかれて。先生の隙をついて後ろを振り向けば、四つ折りの紙を回された。

『北と喧嘩した?』

紙を開けば、大耳の体の割に小さな字が並んでいた。
『喧嘩っていうか、私が怒っちゃっただけ。
なんで?』と書き、そっと後ろの席に置く。
再び帰ってきた紙には、『ちょっと、信介がピリピリしとる気がして。名字も元気無いし。』
よく見ている。
授業が終わって、後ろを向けばニヤニヤと口角をあげる大耳の顔。

「北、ピリピリしてた?」

「まぁ、なんとなくな。部活に私情挟むやつやないし、いつもより圧強いなー…くらい。ほんで?約束通り慰めよか?」

面白がっている口調に閉口すると、大耳はごめんごめんと反省の無い謝罪を繰り返した。

「仲直りは?」

「…できるかな。」

「弱気になんなや。だいじょーぶ、信介はちゃんと名字の事好きやで。」



昼休み。角名君から連絡があり、お昼を食べ終えてから自販機横のベンチへ。
既に角名君は居た。人一人分、開けて隣に腰掛けるとすぐに、「喧嘩しました?」と尋ねられた。

「なんでって…まぁ、昨日一緒に居たし、わかるか。」

「言いたい事、言えましたか?」

言いたいこと…昨日言った言葉を思い出すけれど、あれが本当に言いたかったことだとは言い切れない。

「なんか、勢いでガーッて言っちゃって。馬鹿だね、喧嘩したからって言いたい事言える訳じゃないんだなって…自己嫌悪中。」

「そりゃ、そうですよね。」

角名君が、二人の間にリンゴジュースを置いた。
あげます、と言われて有り難く頂戴する。

「不満って、女バレのあの人の事意外にもあったりするもんですか?」

不満ーー表面化したのはあの人のことから。でも、それだけじゃない気がして、上手く応えきれない。
そんな私を角名君は見透かすように、僅かに目を細めて言った。

「不安から不満って生まれる…みたいな、そんなニュアンスの文が名前さんから借りた本にあった気がする。」

不安と不満。
確かに、あの人との距離感に対する不満は、北があの人を選んでしまうんじゃないかっていう不安から募っているのかもしれない。

「不満って思うから面倒くさいんじゃないですか。不安だから安心させてっていう感じに言えば、可愛げある伝え方になるかも。」

「…角名君、恋愛マスター?」

「なにそれダサい」

ちょっと嫌そうな顔をする角名君がおもしろくて、笑ってしまう。
ツボに入ってしまうと長引いちゃうから、角名君の顔を極力見ないように顔を上げると。

「…北、」

二階の窓から、こちらを見つめる北の姿が目に入った。バチ、と静電気が走る音が聞こえる気がするくらいにしっかりと合った目は。

北の方から逸らされた。




逸らされた目になんだか危機感を覚えて、教室に戻ってすぐに、北に声をかける。

「北、あのさ…昨日のことなんだけど、」

「その話、長なる?」

「え、」

付き合ってから、北の圧をここまで感じたことはなかった。ピリっとした空気に、胸が詰まる。

「信介〜監督から連絡!」

「…呼ばれとるから。」

口調は柔らか。それでも明らかな拒絶。
私の前を通り過ぎて、あの人の元へ行ってしまう背中は、相変わらずまっすぐと伸びていた。






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