行こか.




「北さん、お疲れ様です。」

「おう、おつかれ。どないした?」

「今度の合宿の同意書、2年の分集めときました。」

「休み時間にすまん、ありがとうな。」

大耳が、おお角名や。と呟かなくともその存在には気付いた。角名くんは大きな体が目立つ。

「部活の時でええのに早めに出す辺り真面目やな」

「いえ、ついでに用事あったんで。」

「用事?」

北と話していた角名君の視線がこちらを向いた。
ばち、と効果音がつくように目が合う。
そっと逸らそうとするけれど、近づいてきた角名君からは逃れられず、名前さんという呼びかけに席についたまま応じた。

「借りてた本、返すのもう少し待ってもらってもいいですか?」

「いいよ、私も最近読んだばっかりだし。しばらくは、」

「いや、借りっぱなしは悪いので。…今日の帰りまでに読むんで、待ってて貰ってもいいですか?」

今日は、丁度美化委員会の仕事もある。
部活終わりまで待っても、そんなに待ち時間は長くならないだろう。

「わかった。私委員会あるから、部活終わりまで待てると思う。」

「すみません、終わったら連絡しますね。」

予鈴が鳴り、角名君は帰って行った。
それを待ってましたと言わんばかりに、先ほどから、じっとこちらを訝しげに見てくる大耳に声をかけられる。

「角名といつのまにそんな親しくなったん?」

「話すようになったのは最近だよ。」

「きっかけは、」

「北の彼女ってのが面白かったんじゃない?」

本鈴が鳴り、教師が入ってくると質問は途切れた。




「帰り、遅なるやろ。俺が角名から預かっとこか?」

古典の時間が終わり、小テストの間違えを見直していると、声をかけてきたのは北だった。
あぁ、さっきの話聞こえてたのか。

「ううん、委員会あるからどっちにしろ遅くなるし」

「そうか。じゃあ、家まで送るわ。」

「ありがと。」

一緒に帰れることが決まって、自分の顔が綻ぶのがわかった。



その約束を楽しみに、委員会の仕事を終わらせて、薄暗くなった校舎から体育館へと続く道を歩く。
バレー部の部室は体育館のすぐ側の棟だ。

部室棟の前で、梅雨が始まる気配を感じながら、小影に咲く紫陽花を眺めて待つ。
明後日から雨だっけ…携帯のお天気アプリ並ぶ傘マークを確認していると、角名君からの連絡が来た。

「あ、名前さん。ここで待ってたんだ。」

不意を突かれて驚いたのか、タメ口調の言葉が部室棟の二階から、降ってきた。
階段をトントンと降りてきた角名君はジャージ姿でなんだか新鮮だ。

「これ、ありがとうございました。意外と面白かったです。」

「どういたしまして…意外とは余計だよ。」

作戦を実行しつつも、お互いそこそこ本を読むため、おすすめを貸し借りしていた。私も、角名君から借りたホラーサイコミステリーを返す。

「最後まで読めました?」

「…グロいシーンは飛ばした。」

「そこがいいのに。」

「もう少しお手柔らかに…」

本の感想を交わしていると、部員達がゾロゾロと降りてきた。
その中に、待ち人の姿が見える。

「鍵返してくるから、もう少し待っとって。」

「わかった、門の方まで行ってても大丈夫?」

「おん。そっちのが助かるわ。」

駆けて行く背中。こちらの声が届かなくなるくらいにまでそれが遠ざかった所で、角名君が口を開いた。

「ヤキモチの一個や二個、妬いてそうですか?」

「…うーん、わかんないや。」

特に変わりのない表情。何か言われたわけでも無い。
侑君考案の作戦は効力があるのだろうか、と半分諦めている自分がいる。

「北と付き合って、もうすぐ8ヶ月とかなんだけど…北って、何考えてるのかいまいちわかんないんだよね。」

「確かに…人間離れしてますもんね。」

「北の心の声とか聞けたらいいのに。」

「心の中で赤ちゃん言葉とか使ってたら面白くないですか?」

赤ちゃん言葉を使う北を想像して、吹き出してしまう。似合わなさすぎる。

「おつかれ〜!お、なんか二人楽しそうやね、邪魔してもうたかな?」

明るい声音は待ち人のものではなかった。
北の、隣から。

「さっき、偶然職員室で会うたんよ。な、信介?」

目線をやられた北は頷く。

「角名君も一緒なら、四人で帰ろうや。角名君も方向、一緒やろ?」

「…まぁ、一緒ですけど、」

「ほんなら決まり!行こか!」

あぁ、またこのパターンか。









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