そんなのなんでもないこと.
「…物間ってなんで私のことが好きなの?」
賑わう食堂でこんな事を聞く、その精神を問いたい。
2人掛けのテーブルだから、他に同席者はいないのは救いだけれど…普通、ここで聞く?
名字は黙った僕を不思議そうに窺う。
ビー玉みたいに丸い瞳。僕は、この瞳に弱いという事は、好きになってから何度も思い知らされている。
「教えてやってもいいけど…食べながら聞けよ。ただでさえ食べるの遅いんだから。」
そう言うと、名字は視線を定食へと移した。
目線が向いてないだけでも、話しやすくなる。
水で喉を潤して、僕は話し始めた。
ーー初めて、好きだと思ったのは、中学のとき。
進級時のクラス替えで、僕と名字は隣の席になった。
「私、名字名前っていいます。よろしくね。」
「あぁ。物間寧人です。よろしく。」
ありきたりな挨拶。でも、超常が当たり前になってから、自己紹介には大体の人が個性を口にするのに対して、僕らはそれをしなかった。
その時期の僕は、自分の個性に劣等感を感じていたのもあって、この時の事がとても印象に残っている。
「名字さんは、個性についてとか聞かないの?」
劣等感を感じていた個性について、言及したのは僕だった。おそらく、その時の気持ちは…純粋な興味が3割、試す気持ちが7割。
「聞いた方がよかった?」
「いや、別にそういう意味ではないよ。なんでかなって思ってね。あまり興味がないのかい?」
名字は少し考えるような顔をして、言った。
「興味がない訳じゃないんだけど…個性って選べるものじゃないから。人によっては自分の個性が好きじゃない場合もあるでしょ?」
顔つきは幼いのに、大人びた思慮深い言葉。
伏せられた丸い瞳に、睫毛の影が落ちる。暗い色の瞳は黒曜石みたいだった。
今となれば、なぜこんなに美化されたものかと自分の記憶に文句をつけてやりたいけれど、すごく綺麗だった。
「君は、自分の個性が好きじゃないの?」
「昔はそんなに好きじゃなかったけど、今は大切なものだよ。」
満面の笑みで、フレームのように手をかざし、名字は個性を発動させた。
パシャっと、シャッター音が鳴る。
手首から出てきたのは、僕の驚いた顔が印刷された写真だった。
「こうやって残しておきたい瞬間を、すぐに残す事ができる個性だから。ふふ、驚かせてごめんね。記念にどうぞ。」
なんの記念だよ、個性の発動は禁止だぞ。
今の間柄ならそう言ってたと思う。
でも、あの時の行動は違った。
写真を受け取ると同時に、軽く触れた指先。
同じようにフレームを構えて、名字を写す。
印刷できるかは不安だったけれど、同じように手首から出た写真を手渡した。
「こちらこそ。記念にどうぞ?」
「俺の個性、コピーなんだ」というと、名字は驚きながらも、微笑んだ。
「個性で写真撮ってもらったのはじめて。すごい嬉しい。」
個性をコピーして、きみ悪がられるのは慣れていたけれど、喜んでもらえたのは初めての経験だった。
好きになったのは、この一連の出来事がきっかけだったと思う。
ー「まぁ、簡潔に言うなら…名字の、個性に対する考え方とかそういう所かな。」
好きになったのはそういう所だ。
視線を上げると、名字が顔を赤らめていた。
定食は食べ終えたようで手を合わせて俯いている。
「なに照れてんだよ。聞いたのは君だろ?」
「う、るさい。照れてない。」
「照れてるじゃん。」
「照れてないってば!…ただ、いつもみたいに物間が憎まれ口叩かないし、なんか素直?だし、変な感じするんだって…」
僕、そんなに憎まれ口叩いてたかな。
それに…素直っていうか、余裕がないの方が正しい。
名字の背中越し、少し離れたところから睨む赤い瞳が僕を焦らせる。
そんな眼をするなら、お前も行動を起こしたらどうなんだ。お前が名字の好意に胡座をかくなら、その隙を僕は突いてやる。
「名前って、呼んでもいいかい?」
「は?急に何!?」
「このまま意識してくれたら幸いだと思って。嫌?」
「嫌じゃないけど…」
生憎、名字は押しに弱いタイプだぞ。
赤い瞳をわざと睨んで、出来るだけ口元をはっきりと動かす。
「名前、そろそろ教室に戻ろうか。」
「…うん。」
名字が席を立つと、赤い瞳は見えなくなった。
どんな顔をしたのか見てやりたかったな。
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