指先から温度上昇



六月八日。その日は朝から雨が降っていた。梅雨にはいささかまだ早いだろうにここのところずっとこうした陰鬱な天気が続いている。
草隠れ近辺の街で任務をこなした私がいつもよりやや遅い時刻にアジトに戻ると、メンバーのイタチがたった一人お茶の間でリングを見ながら無心に団子を食っていた。
テーブルの上に積まれているDVDは上から順に呪怨、着信アリ、死国、オーメン、エクソシスト、SAW…そこまで来てふと、本日イタチが非番だったことを思い出す。DVDは全てホラー映画コレクターのサソリから拝借してきたものだろう。
しかしながらくっちゃくっちゃと、深刻なシーンに似合わぬねばっこい音が常時口内から派生しているので緊張感はまるでない。
こんな深夜にそんなに重いものを馬鹿食いして大丈夫なのかと問いたくなるが、そこは成長期の男子、ちょっとやそっとの暴飲暴食じゃ太らない。
テーブルの上には既に空っぽになった団子の包みが堆く積みあがっていたが、イタチは満足するふうでもなく次々と串を取り上げ咀嚼を繰り返している。

「あー腹減ったぁ。一本分けてよ。私今日朝から何も食ってないんだ」

「うわっ」

「はい?」

「わ、悪いな」

「何人の袖掴んでんの。つかアンタ人の話聞けよ」

「ああ、うん。こんな時間に団子食って太らないかって?うん、まあそれは…え゙へへへ」

「ちげーよ馬鹿。自慢しやがっ…うぉい!」

ぐいっと引き寄せられ、危うく団子の串が目玉に刺さりそうになった。
焦って顔を上げれば、完全に画面に釘付け、微動だにしないイタチは半ばちゃっかり私の腕にしがみついたまま全くの反応なし。私がどうなろうが興味なしって感じだ。
映画はちょうど主人公の相方の部屋のテレビがついたシーンだった。映し出された古井戸から女が這い出してくるのも時間の問題、いわばクライマックスである。
そう言えば昔サソリがこいつってお前似だよなとかほざきやがったことがあって、もれなくヒルコを三枚下ろしにしてやったんだっけ。
イタチは瞬きすら忘れて画面に見入っているがよく見れば若干手がプルっている。彼はホラー映画好きにありがちな凝った演出に薀蓄をつける類の人種というわけではなく、心の臓が真の恐怖に縮む感覚がたまらなく好きであるらしい。夜中にトイレに行けなくなると分かっているところをあえて冒険したくなる不思議な向上心がどうのこうのと以前言っていた。糞が。そんなくだらない考えなんざ捨ててしまえ。しかもこの映画見るの何回目、ってか今年の節分に食った豆より多いんじゃないかと思うんだけど。
私はふとイタチの汗だくの手のひらに握りっぱなしの団子を見つけ、にやりとほくそ笑んだ。腹の虫はかれこれ数時間前からひっきりなしに暴れまわっており、正直そろそろ限界だった。
怖いくらい目をかっ開いたイタチの横顔を盗み見ながらそろりと顔を近づけ、上からぱくりと一個食べてやった。
やはり例の女に夢中のイタチは大切な団子が減ったことに全く気付いた様子がない。
ところでいつも思うが、三色団子のピンクと白いのってどう違うのか分からない。緑は辛うじて気持ち蓬っぽい味がするけど、ピンクって、何か。

「あー…こ、怖かった。団子も喉を通らないかと…。って、あれ…?気のせいか一個減ってるような…?」

エンドロールが流れ始めたところでイタチはようやく現実に復帰し、首をかしげながらもまた一つパクリと白い団子を齧った。

「あ、うん。私さっき一個食べたけど」

「えっ…!ってことはもしかして!おまえ、その、か、か、か」

「ごちそうさま。あー、言っとくけど謝らないからね。アンタ前に私のロールケーキ勝手に食ったの知ってんだから」

したり顔のままニヤリと笑ってポンと肩に手を置くと、イタチはここで何故か過剰なくらいビクッと体を震わせた。ぎょっと引きつった顔で私を見上げ、口を何度か魚みたいにパクパクさせる。ひょっとして今自分は幽霊や妖怪の類に間違えられているのか、いやむしろ女装した鬼鮫?言葉にするのもアホらしい考えの数々が一瞬頭を過ぎったが、只今彼の顔は青よりは赤に近い。
これはもしかして本格的に熱でもあるのかもしれない。純粋に心配になってきた私がイタチのすべっとしたデコに手を伸ばしたとき、ちょうど零時を告げるベルが鳴った。

「…ありがとう」

すごい熱だ。ありがとう、って一体何に対する礼なのか分からないが、やたらと大事そうに串を握り締めるイタチの目は気味が悪いくらいに潤んでいるから腹も痛いのかもしれない。
実はイタチが以前雑誌で見て食べたいと言っていた芋羊羹が押入れに隠してあるのだけど、渡すのはまた明日にしよう。




20110609
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