欠点だらけの恋心#2



目が覚めると、俺の身体は固い石の床に投げ出されていた。
どれくらい眠っていたのだろう。
真っ暗で何も見えない。どこかで水滴が落ちるひたひたという音だけが鳴り続けている。

(ここは…)

簡素な木のテーブルと椅子の他には何もない、閑散とした部屋だった。
アジトの地下にある尋問室であることは、なんとなく察しがついた。自分も前に二、三度、人質をここへ連れてきたことがある。

「目が覚めた?」

ぼうっと突然現れたランプの明かりから、思わず顔を背けた。
動いた拍子に、じゃらりと金属質の音が鳴る。俯いた視線の先にある両手は別々に胴に括りつけられており、印を組むことはできそうにない。
彼女は一箇所しかない鉄扉を押し開け、煌々と燃える光を撒き散らしながら牢の中へ入ってきた。慣れない目を焼く眩さのために、表情がよく見えない。

「お前…」
「貴方、私を殺す気だったの?」

鋭く放たれた単刀直入な問いかけに、俺はごくりと息をのんだ。

「何故…そんなこと」
「ここ数週間の貴方を、私が知らないと思ってるの?新薬を作ってたんでしょ?それも、毒薬を」
「……」
「先週の大規模な作戦で、貴方はそれを使わなかった」
「…気付いてたのか」
「私を人傀儡にでもする気だった?血継限界がお目当てかしら?」
「俺は、別にそんなつもりじゃ…」
「嘘は聞きたくないわね、サソリ」

すっと伸びてきた手が俺の顎を掴み、無理矢理に上向かせた。こめかみをすーっと冷や汗が流れる。
順応し始めた目に映る彼女の双眸は静かに憤っていた。

「理由を説明して。何故私を殺そうとしたのか」
「な…ち、違うっ、殺そうとなんか、してない」
「何を根拠に」
「殺すわけねぇ…。俺は、俺はお前を愛してるのに!」

俺は咄嗟に、勢いに任せてそう口走った。嘘ではない。俺のこの女へ対する執着は紛れもない本物だった。

「愛してる…?」

彼女は何を思ったのか、いぶかしむように目を細め、手をさっと引っ込めた。
疑問に答えるように、俺はこくこくと頷いた。

「好きな女に、毒薬を飲ませようとした?ふざけないで」
「…っ、痛ッあっ!」

頬骨に鈍い衝撃を受け、俺は床に転がった。愛しい女に殴られたのだと自覚するまでには、少し時間がかかった。

「…詳しい部下にあのお茶を分析させたら、猛毒が検出されたわ。それでも言える?そんな馬鹿げた出任せを」
「なっ…!俺は――」

咄嗟に何か反論しようと口を開いたが、その直前、自分のこの思いを表現することへの限界を悟ってしまった。
愛しているから、手に入れたい。相手の感情を殺してでも、永久に傍に置いておきたい。
たとえ本来の目的を打ち明けたところで、それが彼女に伝わるとはどうしても思えなかった。俺はそこまで楽観的じゃない。伝えることができたとしても、彼女が俺の意思を受け入れる可能性は限りなくゼロに近いのである。

「……ねえ、そうだサソリ。もし私を愛してるのなら、」

重苦しい沈黙を守る俺へトドメを指したのは、他でもない彼女だった。
ついと鼻先に差し出されたものに、俺は瞠目した。

「こ、これは…」

小瓶の中で揺れる白濁色の液体を目にした途端、どっと嫌な汗が噴き出してきた。

「そう、貴方が盛ろうとした毒よ。ねえ、教えて?愛しい女が飲むはずだったものを飲むくらい、わけないことよね」
「や、やめてくれ…」
「どうして?私のこと好きなんでしょ?」
「う、だ…だって、コレは……」
「愛してないの?」

俺は震えながら、ふるふると首を振った。
この胸の内を証明するものなど何もない。客観的には、俺は彼女に危害を加えようとしたととられても仕方が無かった。
そして俺がしようとしたことは、実際何一つ彼女のプラスになりはしない。
彼女が軽い音とともに瓶の栓を抜くと、ツンとする刺激的な匂いが鼻をついた。
これを飲んだとき、俺はどうなるのか。
今更考えなくても分かっている。間違いなく俺は多くのものを失うだろう。
そんな劇薬を愛しい女に押し付けようと計画していた自らの非道さにはぞっとするが、けれど後悔はしていない。
またチャンスが巡ってきたなら、俺は同じことをする。
なぜなら、彼女が欲しいから。俺は今までそうやって欲しいものを手に入れてきたし、そういうやり方しか知らない。
俺は恐怖のあまり唇を戦慄かせながら、彼女を見上げた。静かに注がれる冷ややかな眼差しに、胸がきゅうと痛んだ。

「……分かった」

俺が彼女の目を見て頷くと、ひんやりした瓶の口が唇に触れた。ぽとり、ぽとりと液体が咥内へと落とされ、ほのかな苦味が広がっていく。
こみ上げる嗚咽で息がつまり、視界が滲んだ。前がよく見えない。
愛しい女が今どんな顔をしているのかこの眼で確かめられないのは、酷く心残りだった。






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